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「人類にとっては 0.24 BAPの投げ銭にすぎないが[一人の]人間にとっては偉大な飛躍である」

「これは人類にとっては 0.24 BATポイントの投げ銭にすぎないが、[一人の]人間にとっては偉大な飛躍である。」(That's only 0.24 BAT Point tip for mankind, one giant leap for [a] man.) (*1)(*2)   ・・・というわけでございまして、 Braveブラウザの投げ銭機能をとおして、どなたかが、0.24 BATポイントを贈ってくださったようです! ありがとうございます!!!「どこのどなたか存じませんが ご親切にどうも」(*3)(*4)!!!!!m(_ _)m     (参考: Braveの報酬システム(Brave Rewards)を利用することで、Twitterや、YouTubeチャンネルや、ブログや、ウェブサイトなどをとおして、クリエイターが報酬を得ることができる機能についての紹介ページ)Earn more for content you publish t

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仮説:「酒天童子」(酒呑童子)という言葉(名称)は、円珍の護法童子である水天童子に由来する

「他人の書いた筋書きに惑わされることなく、内なる神の目でこれから始まる未来を見据えてください。」(出典: リカルド・マーセナスの言葉, 福井晴敏(著者), (2007年)『機動戦士ガンダムUC 1 ユニコーンの日(上)』(小説), 角川コミックス・エース, 角川書店(角川グループパブリッシング), 36~37ページ.)   ぼくは今、「酒天童子」(酒呑童子)という言葉(名称)の由来についての仮説のひとつとして、つぎのような仮説を立てて、それについてかんがえています。 「酒天童子」(酒呑童子)という言葉(名称)は、円珍の護法童子である水天童子に由来する。 中世の時代の比叡山延暦寺において、円珍派(寺門派)と、円仁派(山門派)とのあいだで、派閥争いの対立が激化していた時期があった。 その時期に、円仁派(山門派)に属していた学僧(記家)が、円珍派(寺門派)をおとしめるために、円珍派の宗祖である円珍の護法童子である水天童子を悪鬼に仕立て上げた。 そのようにして、円仁派(山門派)の学僧(記家)が、「酒天童子」という悪鬼(説話の登場人物)をつくりだして、その悪鬼が退治されるという筋書きの説話(物語)をつくった。    もし、上記の仮説が正しかったとすれば、「酒天童子」という悪鬼の説話(物語)は、「円仁派(山門派)が、円珍派(寺門派)のことを、(遠まわしに)ののしるためにつくられた説話(物語)である」という側面もあるといえるかもしれません。 ちなみに、現存最古の酒呑童子説話をいまにつたえている絵巻物である、香取本『大江山絵詞』に描かれている酒天童子の説話の成立には、比叡山延暦寺の学僧(記家)がふかくかかわっているとされています。 (ちなみに、現在は、香取本『大江山絵詞』の絵巻物は、逸翁美術館に所蔵されています。) もし、そうだとすると、現存最古の酒呑童子説話である、香取本『大江山絵詞』に描かれている酒天童子の説話(物語)もまた、「円仁派(山門派)が、円珍派(寺門派)のことを、(遠まわしに)ののしるためにつくられた説話(物語)である」という側面もあるといえるかもしれません。   ■補足情報 <br

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VRっぽい書き初め2020 人間万事センスオブワンダー & 評価経済 21st CENTURY

VRっぽい書き初め2020「人間万事センス・オブ・ワンダー」と、「評価経済 21st CENTURY」の映像【ALIS書初め2020】   日本発のブロックチェーンソーシャルメディアの「ALiS」で、むろまちさんという方が、「ALIS書初め2020」というおもしろい企画を開催されています。 この下の2つの動画は、その企画で出されている2つのお題にたいする、ぼくなりの回答です。   ■お題1「「評価経済」と書かれた画像」についての動画「評価経済 21st CENTURY」https://www.youtube.com/watch?v=NEAEb7piHGU (この動画で使用させていただいた素材のクリエイティブ・コモンズのライセンスの表示: This work, "評価経済 21st CENTURY", is a derivative of "20th Century Fox 1994 remake in Blender" by IceLucario64, used under CC BY 3.0. )   ■お題2「今年1年の座右の銘が書かれた画像」についての動画VRっ

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東栄町古戸の花祭りの「榊鬼」「翁」「おちりはり」の舞い

東栄町古戸の花祭りの「榊鬼」「翁」「おちりはり」の舞い: 伝統芸能づくしの新春・オニオニパニック・弾丸ツアー(1月3日篇 その1)   仮面をかぶった姿を眺めること、それははっきり規定された信仰観念とは結びつかない、純粋に美的な経験であるにしても、そのときわれわれはたちまち「日常生活」のなかから連れ出されて、白日の支配する現実界とはどこか違った別の境界へひきこまれる。それは、われわれを未開人の、予供の、詩人の世界へ、遊びの領域へと導いてゆく。  (出典: ヨハン・ホイジンガ (1973年) 「信仰と遊び」, 『ホモ・ルーデンス』, 中公文庫, 中央公論社, 69ページ.)    先日、奥三河(愛知県北設楽郡(きたしたらぐん)東栄町(とうえいちょう))の古戸(ふっと)地区の花祭りの行事についての記事を投稿しました。 古戸(ふっと)地区の花祭りの行事は、1月2日の夕方ごろから儀式の舞いがはじまり、そこから、夜を徹していろいろな舞いが披露されていき、翌日の1月3日まで夜通しつづいていきます。 先日の記事では、古戸(ふっと)地区の花祭りの行事のうち、1月2日におこなわれたいろいろな舞いのなかの、「山見鬼」という舞いを紹介しました。 ですので、この記事では、その翌日の夜明け前ごろにおこなわれた、「榊鬼」(さかきおに)の舞いと、「翁」(おきな)の舞いと、「おちりはり」の舞いの、3つの舞いを紹介したいとおもいます。   「榊鬼」の舞い この下の動画は、古戸地区の花祭りの儀式のなかの舞いのひとつである、「榊鬼」(さかきおに)の舞いの映像です。(2020年1月3日の午前3時半ごろの映像です。) また、この動画の下の文章は、古戸地区の花祭り会場のなかにある「会所」と呼ばれる受付のところで販売されていた『古戸の花祭』という小冊子のなかの、「榊鬼」の舞いについての説明の文章です。 <img src=

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チェーンサトシ

大変な状況です。絶対に最後まで読んでください。 これからあなたに不幸が起きます。 そうなったら、何があっても絶対にBitMEXを開いてはいけません。 bitFlyer lightningもダメです。  

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日吉大社の大戸開き神事(東本宮篇)と、能「高砂」の「四海波」の謡い

日吉大社の大戸開き神事(東本宮篇)と、能「高砂」の「四海波」: 伝統芸能づくしの新春・オニオニパニック・弾丸ツアー(1月1日篇 その2) 「四海波静かにて 国も治まる時つ風 枝を鳴らさぬ御代なれや 逢ひに相生の 松こそめでたかりけれ」 (能「高砂」の謡いのなかの「四海波」のところの冒頭の言葉。参考文献:佐成謙太郎(1941年)「高砂」,『謡曲大観第3巻』,明治書院,1864~1865ページ.) ここでは、2020年1月1日に、日吉大社でおこなわれた「大戸開き」という神事についてお話したいとおもいます。 大戸開き神事というのは、日吉大社で毎年1月1日の朝5時からおこなわれる儀式です。大戸開きの儀式は、日吉大社の、西本宮の本殿の正面の扉と、東本宮の本殿の正面の扉の、それぞれの扉をあけておこなわれる儀式です。 先日は、この「大戸開き神事」の前半部分である、西本宮での一連の儀式のほうを紹介しましたので、今回は、後半部分である、東本宮での一連の儀式のほうについてお話したいとおもいます。 「大戸開き神事」の前半部分である、西本宮での一連の儀式がおわったあとは、神職の方が担ぐ松明を先頭にして、神職の方々や、参拝者のみなさんが列になって、東本宮まで歩いていきます。 この下のURLの動画は、西本宮から歩いてきた人々の行列が、東本宮の門をとおって東本宮の本殿へ行くまでのようすです。  

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日吉大社の大戸開き神事(西本宮篇)と、能「翁」(日吉の翁)と、反閇(禹歩)の呪的歩法

日吉大社の大戸開き神事(西本宮篇)と、能「翁」(日吉の翁)と、反閇(禹歩)の呪的歩法: 伝統芸能づくしの新春・オニオニパニック・弾丸ツアー(1月1日篇 その1) (「翁古面」(翁面)(日吉大社所蔵)『日吉山王光華』より)   天下のすべての術を行なうには、禹歩を知らねばならぬ。単に遁甲の術だけのことではない。  (出典: 葛洪(著者), 本田済(訳註), 「内篇巻十七 登渉」, 『抱朴子 内篇』, 東洋文庫, 356ページ.)    ここでは、2020年1月1日に、日吉大社でおこなわれた「大戸開き」という神事についてお話したいとおもいます。  大戸開き神事というのは、日吉大社で毎年1月1日の朝5時からおこなわれる儀式です。大戸開きの儀式は、日吉大社の、西本宮の本殿の正面の扉と、東本宮の本殿の正面の扉の、それぞれの扉をあけておこなわれる儀式です。   日吉大社の正面鳥居(日吉大社の入り口の鳥居)    大戸開き神事についての、事前告知のアナウンスの音声    西本宮の本殿前のかがり火に点火されるようす  <

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東栄町の花祭りの山見鬼の舞い: 伝統芸能づくしの新春オニオニパニック弾丸ツアー(1月2日篇の1)

 遊ぶものは神である。神のみが、遊ぶことができた。遊は絶対の自由と、ゆたかな創造の世界である。それは神の世界に外ならない。この神の世界にかかわるとき、人もともに遊ぶことができた。 (出典: 白川静「神の顕現」, 「遊字論」, 『文字逍遥』, 平凡社ライブラリー, 10ページ.)   この上の動画は、奥三河(愛知県北設楽郡(きたしたらぐん)東栄町(とうえいちょう))の古戸(ふっと)地区の花祭りの行事のなかで舞われた、「山見鬼」という舞いの映像です(2020年1月2日23時45分ごろ)。この上の動画は、この「山見鬼」の舞いの映像のなかでも、とくに盛り上がっているところを60秒間だけ抜き出したものです。    この下の動画は、この上の映像の前後のところもふくんだ、すこし長めの 5:37 ほどの映像です。    この「山見鬼」の舞いをはじめとする、奥三河(東栄町(とうえいちょう))の古戸(ふっと)地区の花祭りの神事や舞いを見ていると、思い起こされる言葉があります。  その言葉というのは、白川静さんが書かれた『文字逍遥』という本のなかの「遊字論」という文章のなかの、「神の顕現」という節のところの文章です。この下の引用文が、その文章です。   遊ぶものは神である。神のみが、遊ぶことができた。遊は絶対の自由と、ゆたかな創造の世界である。それは神の世界に外ならない。この神の世界にかかわるとき、人もともに遊ぶことができた。神とともにというよりも、神によりてというべきかもしれない。祝祭においてのみ許される荘厳の虚偽と、秩序をこえた狂気とは、神に近づき、神とともにあることの証であり、またその限られた場における祭祀者の特権である。  遊とは動くことである。常には動かざるものが動くときに、はじめて遊は意味的な行為となる。動かざ

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比叡山延暦寺の鬼追い式:伝統芸能づくしの新春オニオニパニック弾丸ツアー(12月31日篇 その1)

 遊びと祭式の本質的、根源的な同一性ということをまず受け容れさえすれば、清められた奉献の場が根本的には遊びの場であることが承認できる。そして「何のために」「なぜ」遊ぶのか、というような誤った問いなど、生ずる余地がなくなってしまう。 (出典: ヨハン・ホイジンガ (1973年) 「遊びにおける神聖な真面目さというもの」, 『ホモ・ルーデンス』, 中公文庫, 中央公論社, 57ページ.) 2019年から2020年にかけての、今回の年末年始は、つぎのような、「伝統芸能づくしの新春・オニオニパニック・弾丸ツアー」になる予定です。 ・12月31日の大晦日に、比叡山延暦寺で、鬼追い式を見る。・1月1日の初日の出の直前に、日吉大社で、大戸開き神事と、そこでおこなわれる、能の「翁」(日吉の翁)と、能の「高砂」の「四海波」を見る。・1月1日に、比叡山延暦寺の無動寺谷の修正会に出席する。・1月2日に、奥三河の東栄町の古戸で、花祭りの鬼の舞を見ながら夜を明かす。・1月3日に、能楽堂で能の「翁」を見る。 ここでは、そのなかのひとつである、12月31日の大晦日におこなわれた、比叡山延暦寺の鬼追い式のようすについて、お話させていただきたいとおもいます。 鬼追式というのは、錫杖をもった錫杖師という僧侶が、貪瞋痴(とんじんち)の三毒(さんどく)を象徴する4人の鬼を退治する(降伏する)、という儀式です。    ちなみに、ヨハン・ホイジンガという人が『ホモ・ルーデンス』という本のなかで語っていることのなかに、「遊びと儀式は、本質的には、おなじものである」というような考えがあります。比叡山延暦寺の鬼追い式の儀式などについて、見たり考えたりしていると、『ホモ・ルーデンス』で語られているその考えと、そうした儀式のあいだに、いろいろとつながりをかんじるところがありました。 (ちなみに、「ホモルーデンス」というのは、「遊ぶ人」という意味の言葉です。この言葉は、ヨハン・ホイジンガがつくった言葉です。) ですので、ここからは、比叡山延暦寺の鬼追い式のようすを紹介していくにあたって、ヨハン・ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』の本からの引用文もまじえながら、お話していきたいとおもいます。   「競馬場、テニス・コート、舗道上に描かれた子供の石蹴りの目、チェス盤は、形式的には神殿や魔法の圈と変わらない」: 遊びにおける空間の隔離と、儀式における空間の隔離は、おなじもの この下の写真

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『近江輿地志略』に記されている、白鬚神社や、比良明神(白鬚明神)についての記述

この下の引用文は、『近江輿地志略』に記されている、白鬚神社や、比良明神(白鬚明神)についての記述です。 この記述にもあるように、比叡山延暦寺や、白鬚神社には、それぞれ、釣垂岩(釣垂石)とよばれる岩がありました。 また、この記述にもあるように、比良明神は、白鬚明神(白髭明神)と同一視されています。 「〔白髭大明神社〕 鵜川村打下村の間にあり。打下村は高島郡也。此社ある地は郡界也。小松より四十六町あり。祭る所の神猿田彦命也。縁起曰、白髭大明神は皇孫天津彦火々瓊々杵尊降臨の時天の八衢にて天鈿女尊に逢ひ、吾はこれ猿田彦大神と名のり、伊勢狭長田の五十鈴の川上に到り垂仁天皇二十五年倭姫命に逢うて曰く、翁が世に出づる事、既に二百八万余歳とのたまふ。又斎内親王に謂ていふ、我寿福を人に授く故に太田神と名づくと、然して後国々を巡り此湖に来りて釣を垂る。湖の三たび変じて桑原となりしを見たりと。老翁の形を現じては白髭明神といふ。山門の横川にも釣垂石あり。元より社辺にも釣垂の大岩あり。承和八年叡山の法勢和邇の村をすぐる時、婦人我は比良神也と名のり。観音経を聴聞せんと願ひ給ふによつて、釈迦の出世を見給ふやと問ひしに、其時にや諸天多く西に飛びしと語り給ふ。浅井備前守長政の女、今の社を造営せり。此明神は日吉の早尾、熱田の源太夫、三州男川の神同一体にして本地不動明王なり。又庚申を守ると申すも此神を祈る事なり。此神の苗斎、伊勢神宮に仕へて玉串某とてあり。〔後略〕」(出典: 寒川辰清「白髭大明神社」, 『近江輿地志略』, 358~359ページより.)(注記: 引用者が、一部の漢字を、旧字体から新字体に変えました。) 比叡山延暦寺や、白鬚神社、比良明神(白鬚明神)、釣垂岩などのつながりについては、この下のURLの記事でくわしくお話しています。https://wisdommingle.com/?p=21616#jump_191230_001 ちなみに、個人的には、上記の引用文のなかので、比良明神(白鬚明神)と、日吉大社の早尾権現と、不動明王が、同一視されているとこ