🐇21のレッスン - ビットコイン・ラビットホールに落ちて学んだコト🕳️第1章 哲学
“ネズミは、いささかさぐるような目つきでアリスをながめて、小さな目のかたほうでウィンクしたようでしたが、なにもいいません。”
引用元:不思議の国のアリス
第1章 哲学
ビットコインを表面的に見たなら、人はそれを遅く、無駄で、不必要に冗長であり過度に誇大妄想的だと結論付けるかもしれない。だが根掘り葉掘りもっと詳しく見たなら、一目見た時に思ったこととは違う事実を発見をすることになるだろう。
ビットコインには、あなたの仮定を受け入れ、そしてそれを頭の中でひっくり返してしまう傾向がある。しばらくして、ちょうどあなたがまた慣れかけてきた頃に、ビットコインは、無神経な乱暴者となって壁を蹴破り(※翻訳者注1)、あなたの仮定をもう一度粉々にする。
ビットコイン牛を調べる盲目の僧侶達
ビットコインは多くの専門分野の子供である。盲目の僧侶が象を調べる時のように、この数奇なテクノロジーに近づいた者は皆、異なる角度からそれを行う。そして皆、この獣の性質に関して異なる結論に至るのだ。
以下のレッスンは、ビットコインが粉々にした私の仮定のいくつかと私が辿り着いた結論に関するものだ。最初の4つのレッスンでは、不変性、希少性、局所性、および同一性に関する哲学的な問いを検討する。
レッスン1:不変と変化
レッスン2:希少性の希少さ
レッスン3:複製と局所性
レッスン4:同一性の問題
レッスン5では、ビットコインの起源の物語がいかに魅惑的なだけでなく、リーダーのいないシステムにとって絶対不可欠なものであったかを探る。この章の最後の2つでは、このビットコイン・ラビットホールの驚くべき深さにより映し出される、表現の自由の力と我々個人の知識の限界を探る。
読者にもビットコインの世界が、私にとってそうであり、今もそうあり続けているように教育的で、魅惑的、そして面白いものだと思ってくれることを願っている。白いウサギを追いかけ、このラビットホールの奥深さを探検して欲しい。さあ、懐中時計を握りしめ、飛び降りて、この落下を楽しんでくれ。
Gigi "21 Lessons" クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)に基づき翻訳
※翻訳者注1・・・原文での表現は“like a bull in a china shop” 直訳すると“陶磁器店の牛のように”となり、注意が必要な場で無神経に振る舞う無法者を表す。下記の動画は、全然そのつもりはなかったのにそうなっちゃった例。