ワイン怪談
8月も終わりだと言うのに、相変わらず残暑が厳しいわけですが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。今日は、そんなあなたに少しだけ暑さを忘れるようなお話をひとつ。
これは私の友人から聞いた話なんですがね、まあ仮にAさんとでもしておきましょうか。それは今から20年近く前、Aさんが都内のレストランで働き始めた頃の話です。
Aさんの勤めていたお店では、お客様がボトルでワインを注文された際には、必ずお客様のテーブルまで行って、目の前でワインを抜栓してサービスをすると言うスタイルを取っていたそうなんです。で、Aさんなんですがね、これまでワインを扱った事がなかったらしく、どうにもこうにもこのワインの抜栓が苦手だったそうですよ。でも真面目なAさんは練習を重ねて、働き始めて数か月後には何の問題もなく、お客様の前でワインの抜栓が出来るようになっていたそうです。
さて、まだ秋口だと言うのにやけに肌寒いある日の事。その日もいつものようにボトルでのワインの注文が入り、Aさんはワインとグラスを用意して、注文のあったテーブルに向かったんですね。薄暗い店内を一歩ずつ「コツ、コツ」とゆっくりと歩みを進めていく。やがてテーブルに近づくと、間接照明に照らされて、ぼわ~っとお客様の顔が浮かび上がってくる。よ~く見ると、それは定期的にご来店頂く常連の方だったんですね。
「今日は寒いですね〜」、「こんな日はあったかいスープなんかもおススメですよ」、なんてたわいも無い会話をしながら、Aさんは普段通りにコルクにソムリエナイフのスクリューを入れ始める。
するとAさん、ここで妙な違和感を感じたらしいんですね。いつもなら、すんなりとスクリューがコルクに入っていくそうなんですが、どう言うわけかこの日に限ってはすんなりと入っていかない。「ギィ〜、ギィ〜」と、まるで何者かがスクリューの侵入を拒んでいるかのように、鈍い音を立て始める。
(あれ〜?おかしいなぁ〜、怖いなぁ~、なんかやだなぁ〜)、なんて思いながらも、お客様の手前、平常心を装いながらスクリューを入れ続ける。「ギィ~、ギィ~」、相変わらず鈍い音がしているんですね。まあ、そうこうしているうちに、どうにかスクリューを普段と同じ深さまで入れる事が出来たらしいんですよ。(よし、これでようやくコルクが抜けるな)って思って、Aさんがコルクを抜こうとした次の瞬間!?
「トゥルルルルルル!」
いきなりお店の電話が鳴り響いたそうなんですね。驚いたAさん、つい反射的に電話の方を見てしまった。すると、目が合ってしまったんです。
店長と…。
店長が電話の対応をしてくれているのが分かり、安心したのも束の間。今度はAさん、ソムリエナイフを握っていた右手が急にふわ~っと軽くなるのを感じたそうなんですね。
Aさんは体が震えるのを必死で抑え、(きっと自分の思い過ごしに違いない、大丈夫だ)、なんて言い聞かせながら、恐る恐る自分の右手を見た。すると、
…折れているんですよ、コルクが。途中でポッキリと折れて、コルクの残りがワインボトルのネック部分にまだ残っているじゃありませんか!
Aさん、そこで意識を失ったそうですよ。
後からわかった事なんですがね、どうやらその日に限ってスクリューがコルクに対して少し斜めに入っていたらしいんですよ。
それから、どう言うわけかその常連のお客様も、その日を境にパタッと姿を見せなくなってしまったそうですよ。そしてそのレストラン、それから1年もしない内に閉店してしまったそうです。いったい何があったんでしょうかねぇ…。