顔面アウト

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@200

変なコンテンツなら任せとけ!

宗教に興味が無い

久々に「興味が無いシリーズ」のネタが降ってきました。今回のテーマは宗教。このところ世間の宗教に対する関心がヒートアップしておりますが、もちろん私は興味が無いし、特に何の宗派にも属していない人間です。 葬式も結婚式もクリスマスも全然やる気にならないので、本当の意味で無宗教に近いかもしれません。ただしそれは合理的な考えからと言うわけでもなく、ただ単に面倒くさいだけですが。 まあ生まれてこのかた、宗教に関わらずに済んだのは、ある意味家庭環境のおかげかも知れません。運のいいことにうちの身内にはそういう方面に足を突っ込んだ人がたまたまいなかったのです。 身の回りにサンプルとなる人間がいないので、どういうタイプの人が宗教にはまってしまうのかよく知らないんですが、Twitterなどを見ていると、世の中には「説教をしたがる人間」と「説教をされたがる人間」が一定数いるんじゃないか?と思うことがあります。前者は甚だ迷惑な存在ですが、その一方で反対側には後者のタイプの人間がそこそこの数で存在しているのではないかと見ているわけです。そういう人々が沢山いるから、Twitterには説教屋みたいなアカウントが多々あるんでしょう。TLに流れてくる沢山RTされたツイートはなんか説教めいた内容のツイートが多いですし、内容がクソでも間違った事を言っていても、なにか含蓄があるような言い回しの文章なら「説教をされたがる人」はそれをすぐに真に受けてしまうっぽいですね。 勝手な想像ですけど、要するに「説教をされたがる」タイプの人々が宗教に引っかかる層とある程度被っているのかもしれません。自分の頭で考えて結論に至るのではなく、あくまで権威的な存在から答えを授けてもらわないと気が済まないタイプの人々が。まあ暗号通貨界隈に長くいる人は幾多の詐欺を潜り抜けてきたと思うのでそういう人はあんまりいないかもしれませんが。 それで、宗教が世の中に必要なくなるようにするにはどうすればいいか?という事についてちょっとアイディアが思いついたんですが、身も蓋も無さすぎて表で書けないので、有料エリアで書きます。

オリンピックに興味がない

新約・興味がないシリーズ 第1弾。 以前別のところで書いていたシリーズなんですがこの「興味がないシリーズ」、しばらく休眠状態だったシリーズを今回Spotlightで復活させることにしました。いつまで続くかは知りません。復活第1回目のテーマはオリンピックです。 そもそも興味がないシリーズの趣旨説明だけしますと、「人はだれしもブログ記事などを書く時には自分の興味のある事柄を書こうとするが、それではネタが限られてしまう。自分の興味のないことについて書けばネタは無尽蔵だ。なぜなら世の中は自分の興味のある事より興味のない事のほうが圧倒的に多いから」というアイデアのもとに始めたわけです。しかしめんどくさくなって途中で放棄しました。今でも文章自体は残ってると思うけど。 さて、本題のオリンピックですが、別にこのシリーズは本題に入っても入らなくてもいいんですけどね、なぜなら興味がないから。それはともかくSpotlightの皆さんの最近の記事一覧をざっと見る限りは、Spotlight民は誰もオリンピックに興味なさそうですね。オリンピックどころかコロナもワクチンも紀州のドンファンも全部興味なさそうな雰囲気すらしています。

中国ペペ

こんな記事を読んだんですが、 「寝そべり主義」 中国の若者に広がる諦め感 https://www.jiji.com/jc/article?k=20210624041700a&g=afp いきなりペペの写真でなんじゃこらと思った。 以下引用 若い世代の幻滅感は「喪(サン)文化」という言葉でくくることができる。喪文化は、1990年代以降の若者たちの敗北感を表す自虐的なサブカルチャーとして生まれた。「喪」は意気消沈、無気力を意味する。 (中略) 喪文化の初期のシンボルは、「カエルのペペ」だった。米国では極右勢力オルト・ライトのシンボルとして重用された漫画キャラクターだが、中国では「悲しいカエル」と呼ばれ、ペペを用いたミーム(笑いを誘うネット画像や動画)が世代の幻滅感を伝えた。 香港のデモでペペが使われていたのは知ってましたが、中国本土でも割と浸透してたんですね。 何だかんだでペペがミームとして通用しないのは、日本くらいじゃないでしょうか?知らんけど。 多分日本ではマジでレアペペ関係者くらいしかペペを認知してないし、それもペペキャッシュのマスコットキャラクターくらいにしか認識されてない気がします。 もっとも日本の場合は日本固有の伝統的なミームキャラがあるからではないかとも思ったんですが、よくよく考えるとモナーとかやる夫と言った2ch由来のキャラはもはや古生物と言っても過言ではなく、現行のミームキャラと言えば現場猫くらいしか思いつかない。他になんかあったっけ? さて、冒頭の記事の話に戻って「寝そべり族」について。個人的な所感としてこういうのは中国に限らず世界的な傾向と思います。特にネット上のサブカルチャーを見てるとそう思う。中国が「喪文化」なら、欧米はDoomerです。日本はどうだろうか?日本には「働いたら負け」という古来からの格言がありますね。まあでも発展のさなかにある中国でこんな感じだったら、逆に日本のゆとり世代とかむしろ頑張りすぎなのでは?とすら思う。

魔法のカセットボーイ

(追記)Twitterに怒られたので、動画を削除しました。多分いまから読む人はなんかよく分からん記事になってしまうと思います。 私は変なコンテンツを取り扱うことについては一日の長がある事を自負しており、いつも変なコンテンツを作ったり、探したりしていますが、今回はなんと「変なコンテンツの方から寄ってきた」という話です。 事の発端はAiwaのウォークマンを手に入れたことからです。最もウォークマンと言うのはソニーの商品名なので、Aiwaの奴は「カセットボーイ」と呼ぶそうです。初めて知りました。まあでも普通にウォークマンと呼んでしまいますがね。 まあとにかくカセットのウォークマンが欲しかったのですが、ソニーの奴は中古でもほぼ骨董品なので高いなあと思っていた所にAiwaのカセットボーイのジャンク品を入手した次第。 ジャンク品なので動くかどうかはギャンブル。とりあえずカセットと電池を入れて、何度かスイッチを入れたり弄り回しているとテープが回り始めました。しかし音を出してみると何かまともな音ではない。やっぱり外れかな~と思いながら、この壊れた機械の出す狂った音楽を聴いていると、所々で思わず失笑が漏れてしまうような絶妙な壊れ方をしているのに気付いたのです。 このおかしさは言葉で説明するのは難しいので実際の音を聴いてもらうしかありません。 <iframe style="position: static; visibility: visible; width: 488px; height: 510px; display: block; flex-grow: 1;" id="twitter-widget-0" scrolling="no" allowtransparency="true" allowfullscreen="allowfullscreen" class="" title="Twitter Tweet" src="https://platform.twitter.com/embed/Tweet.html?dnt=true&embedId=twitter-widget-0&features=eyJ0ZndfZXhwZXJpbWVudHNfY29va2llX2V4cGlyYXRpb24iOnsiYnVja2V0IjoxMjA5NjAwLCJ2ZXJzaW9uIjpudWxsfSwidGZ3X2hvcml6b25fdHdlZXRfZW1iZWRfOTU1NSI6eyJidWNrZXQiOiJodGUiLCJ2ZXJzaW9uIjpudWxsfSwidGZ3X3R3ZWV0X2VtYmVkX2NsaWNrYWJpbGl0eV8xMjEwMiI6eyJi

悪の存在論

児童虐待、いじめ、セクハラ、パワハラ、強姦、強盗、殺人と数えたらきりのない犯罪が世の中には存在する。こららの罪は刑法によって裁かれる。刑法にはこれらの犯罪を抑止し、社会秩序を維持したり、犯罪者を更生する目的がある。しかし、どんなに冷酷な刑法を用いたとしても世の中から悪を消滅することはできないのであろうか。上にあげた犯罪は、必ずしも犯罪者に全て非があったわけでなく、人々が生まれ育った環境なり、運命なり、我々にはどうしようもない「自然の法則」が働いているようにも思われる。人類はこの不条理さに悩まされてきた。 「福音書」のイエスの戒めの一節に以下のような教えがある。 悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。 どんな相手であっても復讐してはならず、赦す寛容な心を持ちなさいという教えである。さらに他の一節には、 情欲的な眼差しをもってある人妻を見る者は誰でも、自分の心の中ですでに姦淫を行なったのである とあり、心の中でさえ卑しい気持ちを抱いてはならないと説いているのである。 ロシアの文豪ドストエフスキーはシベリア刑期中、福音書を熟読したとされるが、福音書の崇高さ、戒律の厳しさは一般人にはとても守ることができないと思ったに違いない。それが如実に描かれているのが「カラマーゾフの兄弟」の大審問官の章である。その一節に「ヨハネの黙示録では、最初の復活にあずかった人々は各部族から一万二千人であった。(中略)それなら、残りの連中はどうなる?(中略)自由というあれほど恐ろしい贈り物を受け入れることができなかったからといって、このかよわい魂のどこがある悪いというのか?」と訴えている。神が我々に授けた自由が、人間にとっては重荷であり、この自由をもって善悪の判断をしなければならなくなったのである。

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