不条理小説その1「マナーと罪」
それは今日の昼過ぎに起きた。
俺の家から3度乗り換えた先のかなりの田舎町での午前中の仕事を終え、1時間に一本あるかなきかの電車に乗って、小ターミナルの地方都市に向かう電車の中での事件だった。
いきなり、胸のポケットでスマホが振動する。こんな田舎でも電波は飛んでいるらしい。表示を見ると多少大事なお客からである。周りを見回すとそこそこの人数を乗せているのをみた俺は、「後で折り返す」だけ通話口に吹き込み、通話を切った。
ーーーーその瞬間。
前の70カラミの太った眼鏡をかけたかなりガタイのいいジジイが立ち上がり、しっかりとした足取りでこちらにきて罵声を浴びせる。
「お前、車内で電話したらあかんの分かっとるやろ? 車内にいろいろ書いてあるの見てないんか?」
とその瞬間、俺の右腕をコツいてきた、当たり所が悪かったようで、かなり痛い。
憮然としながらも、俺はいちおう頭をさげ「すんません」と言ってその場を収めた。いや知らん人間から声かけられるのは、こんな年になってもビビる。多少は動揺していたのでうつむいていたが、一駅過ぎたらやや収まってきた。
ふと前見ると、ジジイは後ろを向いて風景を見ている。こっちもなんだかどうも癪に障ってきたので、視線を合わせてやろうと思ってチロチロみるのであるが、なかなか合わない。調子に乗ってにらんでやったが、いやジジイは気配は感じている。それなのに、視線を合わさない。
ふと思う、本当に電車で通話してはいけないのか?張り紙とか貼ってあるのか?
そう思って車内を見回しても禁煙の表示はあるものの、通話禁止の表示はない。優先座席にはそうした表示はあるのかもしれないが、ここは普通の座席だ。
そうか、俺がうつむいている間にジジイも車内を見回したのだが、多分携帯禁止の告知を見つけることが出来なかったのであろう。多分バツが悪い・・・。
逆にむかっ腹が立ってきた。
今から思えば、面倒くさいことを無意識に自分が折れてでも収めようとするのは、俺の悪い癖だと思う。
腹をくくった。70のジジイがどないやもんや! 老人いじめと言われても構わない。「逆ねじ巻いてやれ!」と俺の中のどす黒い悪魔がささやく。一案を考えつき、実行に移すことにした。
++++++++++++++++++++
地方小都市のターミナルにつく。駅には改札が2つと少ない。コンコースもほぼない。おれはぴたりとそのジジイの後を付け、駅前の交番に差し掛かる。うまい具合にお巡りさんが外に立っている。
すかさずダッシュでオヤジの前に回り込み、お巡りさんに見えるように、腕まくりして変色した肌を指さして訴える。
「この人、電車の中で私の腕を叩いてきました。これ見てください、こんなに腫れています!」
俺は電車の中で痛みに耐えながら、他人に気づかれぬよう自分の腕を痛めつけていた。おかげで赤黒く腫れている。
「嘘言うな!あんなハタいただけで、そんなんなるわけないやろ!このクソガキが!」
「叩いたことは認めてますよね、お巡りさん、話を聞いてください」
オヤジは顔を真っ赤にして俺にさらに罵声を浴びせる。もうここに書くのが嫌になるくらいの連射砲である。
若い警官はさすがにこれは異常と思ったらしく、
「それでは、中に入っていただいて、詳しいお話をお聞かせください」
「俺はこいつが車内で携帯してるから、注意しようとハタいただけ、と言っているだろ!ポリ公が!」
「叩いたことは事実なようですね、ますます詳しいお話を聞かないといけませんね」
俺がやったのはマナー違反、ジジイがやったのは下手すっと傷害罪。
さて、どうなるかーーーーーー。