
「Resistance Money」感想⑦終
「Resistance Money -A Philosophical Case for Bitcoin-」を読んでの初心者観点での感想を投稿していきます。本書でいう11章Against Bitcoinおよび12章Scoreboardが本記事の対象です。11章は個別のテーマでなく、これまでのテーマ以外にビットコインに向けられる雑多な批判とそれに対する反論について扱い、12章はまとめの章となっています。
【目次】
- ライトニングとビットコインの関係は、VISAとFedwireの関係に等しい
- ビットコインの取締りはビットコインの普及を促進する
- もしサトシナカモトが帰ってきたら?
- 将来hyperbitcoinizationがもたらされるのか?
- 日本でビットコインが広がる下地はあるのか。。。
- 真のビットコイナー
- ビットコインに代わる貨幣は今後生まれ得るのか?
- 全体の感想まとめを通じて
- 感想記事リンクまとめ
- その他雑感
【1.ライトニングとビットコインの関係は、VISAとFedwireの関係に等しい】
ビットコインの処理能力(10分に1つのブロック生成、1ブロック1MB)の小ささに対する批判は既存金融を引き合いに出す際にもよく言及される批判だと思います。VISAであればビットコインの数百倍、1秒間に1700の取引を処理できるわけです。上記批判はこれまで私も確かにと思っていましたが、筆者によればその比較はapple to appleではないとのことでした。
VISAは「クレジット」の取引である通り、実際のお金が動いている訳ではなくあくまで銀行間の取引を約束しているにすぎません。実際のお金の移動は米国では他の取引とまとめてFRBが運用する送金システムであるFedwireを通じて決済されます。Fedwire自体の取引は2021年に204,490,893の取引、1秒換算で6.5の取引を処理しており、ビットコインとほぼ同等の処理能力と言えます。VISAはあくまでFedwireのレイヤー2であり、等しく比較するならライトニングネットワークと比較するべきとのことでした(VISAと同等以上の処理能力があるとのこと)。確かにこのレイヤーの違いを混同して議論されるはことが非常に多いかと思います。
【2.ビットコインの取締りはビットコインの普及を促進する】
政府による規制がビットコインの普及を阻害している、という言説は日本にいると毎日のように耳にしますが、著者はむしろ中央政府のコントロール外にある貨幣を利用する便益を際立たせているという点ではむしろ、ビットコインの普及を促進しているようだ、という面白い意見がありました。
この話を聞くと、学生時代にイランに旅行した際のことを思い出します。当国ではお酒や米国製SNSといった禁止事項が多かったのですが、実際には意外と多くの人が監視の目をかいくぐって、こっそりそれらを楽しむ手段を見出していたのが印象深かったです。結局人は規制の中でもうまくやりくりするようにできているんですね。同国では極刑にあたる同性愛者も実は多いという話も現地で小耳に挟みました。これが本当かは分かりませんが、人は抑圧されるとむしろ反発するのかもしれません。ビットコインも同じ理屈だということかもしれないですね。
【3.もしサトシナカモトが帰ってきたら?】
あまり考えたことのない、面白い批判・シミュレーションだと思いました。彼の復活と、その後の支出や発言がビットコインの価格の暴落を招くのではという批判です。それに対し本書は、彼にできることは①ビットコインを支出するか②社会的影響力を行使するかの二つしかできず、①はむしろビットコインの分散化に繋がるし、将来その貨幣量が支出されるか否かの不確実性を除去してくれる、②については、ビットコインネットワークはサトシのいた時代より遥かに成長しており、たとえサトシが何か喋ったところで今やビットコイナーたちは従わないだろう、という話でした。
①については確かにサトシナカモトが保有するビットコインはせいぜい約113万 BTCと供給量のせいぜい5%程度ですし、それらが支出されたところでビットコインのエコシステムが存続していく上で致命的な影響を与えるとは思えません。しかし②についてはどうでしょうか?ビットコイナー達が実際従うかどうかは別としてもそのようなビットコインコミュニティに重大な影響力があった人が突然復活した、ということそれだけで少なくとも一時的には、市場は大混乱するのではないでしょうか? 新聞の一面に載るレベルでビットコイン外の経済にも影響を与えるんじゃないかというくらいに私は思います。
それと、たとえ相手がサトシナカモトであっても権威に従わない人こそがビットコイナーだと思いますが、ビットコインの保有主体はもはや個人だけでなく、政府やStrategy社のような上場/非上場企業、ETF発行主体の金融ファンド等多様ですが、彼らの判断軸はどうでしょうか?ビットコイナーと同じ羅針盤の下に判断や行動をするとは私は思えないです。ビットコインの調査分析会社River Intelligence社の調査結果の通り、総供給量の過半数は個人の保有で占められているため、ビットコインがオワコンになることは無いと思いますが、ビットコインに対する信用不安も相まって相当な動揺をコミュニティと価格に与えるのではないかと私は思います。
【4.将来hyperbitcoinizationがもたらされるのか?】
ビットコインの持つresistanceの力を過剰に強く見積もり、結果ビットコインは国家を骨抜きにしアナーキーな世界をもたらすという批判があるようです。このビットコインが支配的/唯一の貨幣になることをhyperbitcoinizationと言うらしいですが、著者によるとそれはビットコインの影響力を過剰に見積もりすぎであり、実際そのようなことは起きそうになく、万が一あったとしてもその過程の早期で政府はビットコインの買い付け等を通じて順応したりするだろうとのことでした。
実際皆さんはどう思うでしょうか?私は少し本書の反論は少し疑問です。政府によるビットコインの買い付けも結局は政府という存在の延命に過ぎず、ビットコインを徴税できない限りは、保有するビットコインの残高が政府という存在の余命になってしまうのではないでしょうか?
それにビットコインは、誰がどれだけの貨幣を持っているのか分からなくするので徴税ができず、法令違反に対する没収もできず、fiatなき世界では財政支出のための貨幣発行もできません。本書では、そもそも人々が従来の銀行口座や貨幣を使い続ける限り徴税手段を見出すことはできるとはありますが、bitcoinizationが進んだ世界で、人々があえてfiatを選ぶ理由ってあるんでしょうか。。。
また本書では、現金もresistance moneyの一種であるが政府を骨抜きにすることがないのと同様に、ビットコインがそうすることもないだろう、とありましたが、ちょっと具体性に欠けていて実際は上述の通りリスクあるんじゃないかなあと思いました。
【5.日本でビットコインが広がる下地はあるのか。。。】
本書では、結論ビットコインのない世界よりある世界の方が良い、デメリットを上回る著しいメリットを世界にもたらすと結論付けをしていますが、勿論結局各人が何に重きを置くか次第でビットコインの方が良くも、もしくは悪くもなり得る、とも主張しています。勿論、ビットコインのない世界を選ぶトレードオフは非常に大きいですが、それでもビットコインなき世界を選ぶ人も中にはいるし、それはその個人の価値観次第ということです。
私が思うに、感想④でも触れた通り検閲耐性やプライバシーとマネロンが表裏一体という中で、それでもビットコインが広がるべき、という個人主義的な価値観の下に大半の日本人は育っていないと思います。前に見たお昼のバラエティ番組では、仮想通貨のミキシング技術はトクリュウを助長する、規制されるべきだ!と警察の方が出演して語っている、そんな国です。
投資としてでなくresistance moneyとしての側面でビットコインの利用が日本から主体的に広がるということはまずないと個人的には思います。広がるとしたらおそらく、①クレカや電子マネーの時のように、他の国でも広まっているから否応がなしに日本でも波及する、もしくは②資産運用して使うこともできるメルペイもどきのようなとらえ方で広がる、のいずれかじゃないかなあと思います。
【6.真のビットコイナー】
本書の終盤に書かれていた、「多くの人はいつビットコインを「買う」べきか否かを聞いてくるが、一方でビットコインをどうやって「使う」のか、を聞いてくる人はほとんどいない」というのは本当にその通りだと思います。本書で繰り返されている通り、ビットコインは支配者に対する抵抗のツールとして生み出されたものであるのに、そもそもビットコインは使えるものなんだという認識すら、一般の多くの人は持ち合わせていないのでしょうか?最近は価値の保全手段や「デジタルゴールド」という単語から来るその資産性にのみスポットライトが当てられ、その本質を理解して保有している人は更に少ないと思います。
ビットコイナーとはとても言えない到達度の私が言うのもおこがましいですが、思うに真のビットコイナーとは、ビットコインの本質を理解して、実際に「使う」ことで実践する人たちのことではないでしょうか?本書の言う通り貨幣はネットワークの産物であり、皆でDIT(Do It Together)することがそのresistance moneyとしての輝きを増すことにつながる訳ですから。
どれだけの枚数のビットコインをHODLしているとかではなく、たとえばこれまで過去いくらのビットコインを、どれだけの頻度使ったか、で測られるべきなんじゃないかなあと思います。「ビットコイナー」というのを、そのresistance moneyとしての役割を保ち・広げることに貢献した人、という風に定義するのであれば、少なくとも自分の会社を通じて大量保有する最近の内外の起業家が真のビットコイナーとは思えないです。
【7.ビットコインに代わる貨幣は今後生まれ得るのか?】
ビットコインは今後繁栄していくのか?それとも衰退したり滅びたりするのか?という誰もが気になる点について最後に面白い考察がありました。皆さんはどう思いますか?
本書の冒頭にも書かれた通り、ビットコインはサイファーパンクの夢であり彼らが生み出した思想の産物であるという話がありました。支配者が検閲やコントロールを試みようとする限り、たとえビットコインが死んだとしても、精神的な後継者がサイファーパンクの中から現れ、その後も世界にresistance moneyがもたらされるという話がありました。
ビットコイン初心者である私は他の仮想通貨と比較できるだけの十分は広い知識を持ち合わせていませんが、思うに何かが早々ビットコインを置き換わるには、よほどの革新性が無い限り不可能ではないかと思います。少なくとも今の時点ではビットコインに代わる決済システムは世の中には存在しないでしょうし、貨幣は感想②でも触れたネットワークの産物な訳ですから。その上、生み出した者が消える、という無私を人間に貫かせるのは難しいと思います。
ビットコインが置き換わる時がもしも来るとしたら、それはブロックチェーン以外の技術でサイファーパンクがより優れたresistance moneyを生み出した時なんだろうと思います。もしくは「ビットコインが必要でない世の中が訪れた時」でしょうが、支配や検閲のない社会なんて人類史以来ないでしょうし、ビットコインが不要な時というのは、むしろ人間の側が違う種にフォークしていると言えるかもしれません。
【8.全体の感想まとめを通じて】
全体を通じての感想は既に感想⓪で述べているから長く触れませんが、感想①~⑦のまとめを通じて、そもそもビットコインを巡るどのような議論が世の中にあるのか、というのがより鮮明になってよかったです。文字に起こして、実際に感想を自分で考えることで、ビットコインの役割とその限界の線引きについて、自分の意見を持てるようになったと思います。
最初はビットコインへの反論に対する反論を知りたいなあ、と思って手に取った本でしたが、そもそも世の中にビットコインについてどのような議論が存在するのかという棚卸ができた意味でも本書は有益な本であったと思います。また、感想記事を書く過程でも関連記事や情報をあたる過程も勉強となりました。ビットコイン、もしくはビットコインを通じた世界に対する私の見方を創ってくれた本と言えます。
【9.感想記事リンクまとめ】
思いのほか膨大な記事数になってしまったため、感想記事リンクをまとめます。
- 感想⓪ 読むきっかけと全体の概要・感想
- 感想① 1章・2章 Bitcoin Genesis/What Bitcoin Really Is
- 感想② 3章 Where Bitcoin Fits
- 感想③ 4章・5章 Behind the Veil/Money Machine
- 感想④ 6章 Privacy in Public
- 感想⑤ 7章・8章 Resisting Censorship/Money for the Marginalized
- 感想⑥ 9章・10章 Security Through Energy/The Price of Energy
- 感想⑦ 11章・12章 Against Bitcoin/Scoreboard(当記事)
【10.その他雑感】
以下は枝葉的な話ですが、有料記事側に初心者観点での雑多な感想をメモしました。
- ビットコイナーのイデオロギーは意外と多様
- アルトコインを卑下するなかれ