別れのワイン ~Any Old Port in a Storm〜 #2

別れのワイン ~Any Old Port in a Storm〜 #2

「おそらくチチアンにも、この美しい赤は出せなかったでしょう。」

 

みなさんこんにちは。今回は、私ならではのワイン目線で「刑事コロンボ」の「別れのワイン」と言う作品についてあれこれと語るシリーズの第二弾となっております(第一弾はこちらからどうぞ)。前回は、結局映画が始まらずに終わってしまったので(笑)、今回は映画の内容について見ていきたいと思います。舞台はカリフォルニアにある、イタリア系移民が営むカッシーニワインです。それでは、いってみましょう!

 

グラスに注がれた、美しく輝く赤ワイン。そして、冒頭の名ゼリフからこの映画は始まります。チチアンとは、「ティツィアーノ・ヴェチェッリオ」と呼ばれる、16世紀のルネサンス時代に実在したイタリア人画家の事です。かつては、「チチアン」や「ティシアン」と呼ばれていたそうで、彼は赤毛の女性を多く描いた事から、この場面で引用されたのでしょう。実際に、チチアンレッド(ティツィアンレッドやティシアンレッドとも言う)と呼ばれる赤色(赤黄色)があるようです。

 

では、早速ですがこの美しい赤ワイン、その正体は一体何なのでしょうか?この後のセリフを見ると、「これほどの色は、100年前イタリアで誕生し、数十年ピエモンテの冬に苦しみ、アメリカへの長い船旅に耐え抜き、輝くカリフォルニアの太陽のもとで、初めて完成した色です。」とあります。つまり、イタリアからアメリカに持ち込まれたブドウ品種のワインだと思われます。そして、ピエモンテは北イタリアの銘醸ワイン産地の事なので、この産地で造られる赤ワイン品種のどれかだと推測出来ます。

 

ピエモンテで主に栽培されている赤ワイン品種は、「ネッビオーロ」、「バルベーラ」、「ドルチェット」と呼ばれる3品種です。そしてこの中で、バルベーラと言う品種に関しては、実際に19世紀および20世紀にイタリア系移民によってアメリカ、特にカリフォルニアに定着した歴史があります。

 

しかし、映画の中の様々な情報を検証していくと、どうやら別の品種の可能性が浮上してきました。それは、ネッビオーロと呼ばれる品種です。これは、イタリアワインの王と称される「バローロ」や王子と称される「バルバレスコ」と言う銘柄のワインに使われる品種です。では、その可能性について検証していきましょう。

 

まずネッビオーロの特徴は、味わいにしっかりとした酸味とタンニン(渋み)がある事です。その為、本場イタリアではバローロは伝統的に大樽に入れて長期間熟成(飲み頃になるまで10年以上かかると言われる)させる事で味わいをまろやかにさせます。映画の中でも、例のワインを試飲した人達からは、「まろやかですな~」と言うコメントが出ている事から、もしネッビオーロであるなら、この長期間熟成を施した事実を証明出来なければなりません。さすがに無理かと思っていましたが、ついに私は証拠を見つけました!

 

映画の中で、ワイナリーの中が映るシーンがあるのですが、その中にほんの一瞬ですが長期熟成に使うであろう大樽が映っていました!これによって、長期熟成を行っている可能性が高まりました。

 

次にワインの色合いについてです。映画を見る限り、そこまで濃い色合いのワインではない事がわかります。そしてネッビオーロも、元々色素はそこまで濃い品種ではないので整合性は取れていると思いますが、私が更に注目したのは「チチアンレッド」を色の表現に使っている点です。

 

チチアンレッドとは、赤の中に少し黄色が含まれているような色合いだと思われますが、この黄色が重要なのです。ワインは長期熟成を経ると、色味の中に黄色やオレンジ色のニュアンスが現れてきます。つまり、例のワインにチチアンレッドの表現を使ったと言う事は、そのワインが長期熟成を経た可能性を示唆しているのです。これにより、ますますネッビオーロの可能性が高くなりました。

 

次に私が注目したのは、「100年前イタリアで誕生し、数十年ピエモンテの冬に苦しみ」と言う部分です。イタリアワインの王と称されるバローロですが、今のような名声を得始めたのは19世紀半ばぐらいだと言われています。つまり、1973年当時に100年前と言う表現は成り立ちます。そして、「数十年ピエモンテの冬に苦しみ」と言う表現ですが、名声を得る前のバローロが、まさにこのピエモンテの冬に苦しめられていたのです。

 

どういう事かと言うと、ネッビオーロと言うブドウ品種は晩熟の為、収穫してから仕込みを始めると11月ぐらいになってしまいます。すると、この時期のピエモンテは気温が低すぎる為、酵母菌の活動が途中で止まってしまい、アルコール発酵が完了せず、糖分の残った甘口のワインしか造れなくなってしまうのです。この問題は、フランスから招聘された醸造技術者によって解決され、現在のような辛口の赤ワインが造られるようになり、名声が広がっていきました。この事実と照らし合わせても、ピエモンテの冬に苦しんだと言う表現の説明がつきます。

 

よって、私の中ではネッビオーロを使った赤ワインであろうと推測したのですが、どうしても説明がつかない部分があります。それは、例のワインをボトルで売るのか聞かれた時に、「年に10ケースしか出来ないんですから」と答えた部分です。年に10ケースと言う事は、1ケース12本換算で120本と言う事になります。これはかなり少ない量、と言うか少なすぎます。

 

基本的に、ワインは樽の内部にスペースがあると、過度の酸化や嫌気性の微生物の繁殖などが起こる為、満タンにして熟成させます。よく使われるバリックと言う小樽でも、内容量は225リットルで、750ミリリットルのボトルに換算して300本分です。仮に大樽で伝統的に長期熟成させていると仮定すれば、大樽の内容量は2,500リットルなので、750ミリリットルのボトル換算で約3,300本はないと計算が合いません。

 

この部分だけはどうやっても説明がつかないのですが、おそらくはこのワインが非常に貴重なものである事を表現したかったのだと思います(かなり強引な説明ですが)。実際に、ネッビオーロと言うブドウ品種は栽培が難しく繊細な品種ですし、樽で長期間熟成させなければならない為、とても手間と時間がかかり、たくさん造る事は難しいのです。

 

以上の事から、総合的に判断して例のワインはネッビオーロであると言う結論に至りました。結局今回は、映画の冒頭部分しかいけませんでした(笑)。また近いうちに、シリーズ第三弾を書こうと思いますが、果たしてどれぐらいの方が興味を持っているのか心配です(笑)。

 

最後に、冒頭のシーンでワインの専門家がワイングラスを持つ時に、グラスの台座部分を持っているのが分かります。これは、グラスのボウル部分を持つ事で体温が伝わり、温度が上がって味わいが変化する事を避ける為だと思われます。この辺りの描写もとても忠実に表現されていると思います。ただ、実際はボウル部分を持ってもそこまで温度変化に差はないと言われていますが、やはり見た目の美しさが違うので、ぜひみなさんもワイングラスを持つ時は、グラスの台座か脚の部分を持つようにしてみて下さい!

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