ワインの事を文学作品っぽく書いてみた
最近、我が家の冷蔵庫の中が多国籍化している。父親が晩酌用にワインを買う事が増えたからなのだが、フランス、イタリア、オーストラリア、アルゼンチン、南アフリカなど様々な国のワインが所狭しとひしめき合っている。さながら、ワーキングホリデーに来た若者達が住んでいる安いシェアハウスのような状態である。
そんな中で、ずっと前から住んでいる日本酒が少し肩身の狭い思いをしているのは容易に想像する事が出来た。(ここは日本なのに…)と言う日本酒の声が今にも聞こえてきそうなのである。
そこで、私はこの中から一本のワインを空ける事で、日本酒が少しでも居心地よく過ごせるようになるのではと考えた。
私は意を決してシェアハウス化してしまった冷蔵庫を開け、その中から無作為に一本のワインを取り出した。それは、
クロード・ヴァル 白 2018 950円(税別)
南フランスの白ワインであった。どうやら「ドメーヌ・ポール・マス」と言う蔵元が造るワインのようだ。南フランスのカルカソンヌ近郊で、1892年からブドウ栽培を行ってきたらしい。そして、現在のオーナーであるジャン・クロード・マス氏の代になり、「高品質であると同時に低価格であること」にこだわったワイン造りへと大きく変貌を遂げたようだ。
「高品質」と「低価格」は、我々消費者としては誰しもが望んで止まない事ではあるが、簡単には相容れない概念でもある。それを敢えて哲学として掲げているこの蔵元のワインは、いやが上にも期待が高まる。早速ワインを抜栓して、グラスに注いでみると、
エッジに少しグリーンのニュアンスがある、やや淡いイエローの色調で、ワインの粘性は中程度と言ったところだろうか。
続いて香りを嗅いでみる。香りの立ち方はそこまで強くはないが、レモンやグレープフルーツを感じさせる柑橘系の爽やかな香りに、白い花のようなフローラルな感じや、少し緑を感じるハーブっぽさもある。
続いては味わいだ。このワインは、フルーティーで少し甘いニュアンスのある辛口、酸味のボリュームは中程度からやや穏やかぐらいで、シャープではなくてまろやかなタイプの酸味が特徴だ。余韻は中ぐらいで、ミネラル感と共に若干味わいに幅を持たせる苦味がバランスよく伴う。
フレッシュではあるが、溌剌と言うよりも、南フランスの太陽を感じるようなほのぼのとした味わいが魅力的なワインである。この値段にしてこの品質は、まさにこの蔵元の哲学を見事に表現したワインと言えるであろう。
ちなみに、このワインはなんと6種類もの白ブドウ品種をブレンドして造られている。ブレンドする品種が多くなると、それぞれの個性が衝突しやすくなり、まとめ上げるのが難しくなるものだが、このワインはそれぞれの品種がそれぞれの足りないニュアンスを補いつつ、それぞれの個性を尊重する絶妙なブレンドバランスとなっている。
これは、移民系選手の多いチームをひとつにまとめ上げ、前回のロシアW杯で見事優勝を成し遂げたサッカーフランス代表にも通じるものがある。物凄く個性が強いチームではなかったが、弱点となる部分がなく、一体感があり簡単には崩れないと言う強さがあった。このワインにもそんなニュアンスが感じられ、飲み飽きしないデイリーワインとして、様々な場面で柔軟に対応してくれそうである。
では最後に、どんな料理に合うのかを考えてみた。取り敢えず、その日食卓に並んでいた料理と片っ端から合わせてみる事にした。この日は、きんぴらごぼう、ポテトサラダ、冷奴、かぼちゃの煮物、トンテキと和食中心であったが、これがどの料理にも良く合うのである。また、ワインの持つまろやかな酸味とフルーティーさは、同じく酸味や甘みのある味付けの料理と良く合いそうである。例えば、油淋鶏。酸味や甘みの効いたタレとの相性は抜群で、更に刻んだ長ネギの風味が、少しハーブっぽさを感じるこのワインとの相性をより高めてくれるはずだ。
さて、シェアハウス化してしまった冷蔵庫の整理の為に空けたワインではあったが、その品質の高さに思わず趣旨を忘れ、すっかり楽しんでしまった。そんなほろ酔い気分で、少しは居心地が良くなったであろう日本酒の様子を見に行ったのだが、どう言うわけか相変わらず渋い表情でこちらを見つめている。どうしたのかとよく見てみると、空いたスペースに今度はスペインのスパークリングワインが新たに入居してきたらしい。どうやら、冷蔵庫のシェアハウス状態はまだしばらく続きそうだ。