分散化ソクラテス:(3) 世界史、労働者経営企業、DAO
柄谷行人の『世界史の構造』と『哲学の起源』は、ほぼ一体の著作だ。前者は「交換の様式」という観点から、世界史に現れる制度や価値観のパターンを分析する。一方、後者は、前者に出てきたある特殊な形式、自由かつ平等な交換形式の例として、ギリシャ都市国家イオニアの政治とアテネによるその変質を扱う。
この記事でこれらの著作の詳しい解説はしない。ここでそれらに触れる理由は、それが交換形式=組織の構造から世界史をみるという観点を提供するからだ。あるいは、組織の構造が世界史の構造を決めているなら、自律分散組織(DAO)は、なにか新しい歴史的エポックを作れるかもしれないからだ、ともいえる。
柄谷の言う交換様式=組織の構造は、基本的に以下の三通りある。
・交換様式A:互酬制=恩を受けたことに対し犠牲で報いるような感情的交換(共同体の交換ネットワーク)
・交換様式B:専制=税金の強制収奪と交換に治安と財の再分配を与える(国家)
・交換様式C:市場=匿名の参加者が自由意志で財・サービスを交換する(グローバル化)
『世界史の構造』では、これらの様式が実際社会制度としてどう出現するか、それが政治的価値観をどう決めていくか、などが詳述される。興味がある人は原著をあたってほしい。
柄谷は、これらの交換様式以外に、交換様式D=交換様式Aの高次元での回帰、というアイデアを提示する。ただし、その具体例は、「キリスト教」のような世界宗教や先に触れたイオニアの政治など、わずかだ。
交換様式Dの特徴は、互酬制のような感情的な交換を保持しつつ、特定の共同体でしか意味を持たない風習を否定する普遍的価値を主張することだ。たとえば、キリスト教での「神」や、仏教での「無」がそれにあたる。これらは、それまで信じられていた共同体の神や儀式を否定し、それらを超越した価値への従属を説く。
柄谷は、交換様式Dに対応する政治的・組織的な実現があるはずだと主張する。が、その姿は判然としない。一応具体例として挙げられているのが、生活協同組合、もしくは労働者経営企業で、議決権が一人一票(株式会社のように投資量に比例しない)というものだ。
『世界史の構造』の続編である『哲学の起源』では、交換様式Dの具体例、もしくは起源としてギリシャ、特にイオニアの政治がとりあげられる。ただし、政治制度として特に新しい発見はない。イオニアでは、一人一票で平等な生活協同組合が政治制度だったゆえに平等で、脱退がいくらでもできる土地の余裕があったので自由だったというような例が挙げられる。
むしろ、『哲学の起源』で新しく発見されたのは、イオニア後に、イオニア的精神を受け継いだとされるソクラテスの振る舞いだ。
次の記事で後述するソクラテスの振る舞いは、いわば「一人で行う政治制度」のようなものとして解説される。『哲学の起源』後半で、柄谷は「ソクラテス的問答法」と「プラトン的哲人王」という2つの「哲学者による政治」の形態を対比的に捉えている。
労働者経営企業や生活協同組合とDAOの類似性は明らかだろう。この記事で柄谷の著作とDAOの話題を同時に取り上げている理由もそこにある。一方、ソクラテスの振る舞いやプラトン的哲人王といった考え方と、DAOとの関係は、ほとんどわからない。
私見では、労働者経営企業やDAOを実現するだけでは恐らくあまり意味がない。なにか、その組織形態でしかできないことを発見する必要がある。
この記事では、その辺りを、ソクラテスとDAOの繋がりを手がかりに探る。「分散化ソクラテス」というタイトルはそこから来ている。
2021/06/04 哲学王→哲人王に表記訂正
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