分散化ソクラテス:(6)プラトンの哲人王

分散化ソクラテス:(6)プラトンの哲人王

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プラトン的哲人王の特徴は、以下のようになる。

- 「哲人王」という制度は、ソクラテスの処刑にショックを受けたプラトンが、ピタゴラス派の思想を借用したもの
- 権力への意志を最も持たない存在を、最高権力者(哲人王)にするべきだという考え方

- ソクラテス処刑の原因を、多数者支配=民主政の暴走にあるとプラトンは分析
- 民主政の暴走を防ぐには、「魂が肉体から自由である少数の人」が、「魂が肉体に隷属した多数」を支配する必要がある
- 最も魂が肉体に隷属していない人は哲学者である

- 哲人王の具体例は「ソクラテスその人」である

こうして要約してみると、なんとも素朴な思想だ。しかし、ソクラテス処刑の原因を「民主政が僭主独裁制に転移しがちで、暴走を止められないから」としたプラトンの分析は、民主政と全体主義化のゆらぎを常に抱え続ける現代でもアクチュアルだろう。

不思議にみえるのは、その解決策として「哲人王」が出てくることだ。「魂による肉体の支配」が、政治とどういう関係にあるのか?

『銀河英雄伝説』という大河スペースオペラ小説・アニメに、ナポレオン的な天才的戦術的手腕を持ちながら、本当は単なる歴史の研究者になりたいと願うヤン・ウェンリーという人物が出てくる。彼はあまりにも戦争で成功するので、本人は望まずとも、徐々に権力を持たざるを得なくなっていく。権力を望まないナポレオン。プラトン的哲人王の人物像はそんな感じだろう。彼は権力を持ちたくない。ゆえに権力を任せるに足る、というわけだ。

ヤンの人物像を、プラトン的哲学王の特徴に近づけてパラフレーズしてみよう。ヤンは(権力欲のような)肉体的な欲望を、(歴史探求のような)知的な「魂」の力で克服している。そのような存在は、デマゴーグのように「権力のための権力」を求める度合いが最も少ない。

そのような存在は希少で、かつ数を増やしても「魂による肉体支配力度」は薄まっていくだけだ。だから、「理想の哲人王一人による専制」が、最も権力を求める欲望に汚されない政治制度ということになる。この制度なら(ソクラテス処刑の原因になった)暴走する大衆による政治を防ぐことができる。権力のための権力を求めない彼は、権力の暴走の抑制に向いている。故に哲人王一人による専制は、民主政より優れている。

こうして肉付けしても素朴な感じは消えない。そもそも哲人王を誰が選ぶのか?哲人王が見つかったとして、望まれたような振る舞いをする保証はあるのか?哲人王が権力についた後、変質する可能性はないのか?

プラトンには哲人王のモデルがいる。民主政の元で処刑されたソクラテスだ。ソクラテスの人物像と振る舞いがプラトンの提案を動機付けている。「ソクラテスのような人」の専制なら、民主政より優れている。たしかに素朴だ。だが、これを「良き専制君主の支配なら、衆愚政治よりましだ」という風に置き換えてしまえば、現代でもかなり多くの同意を得るのではないだろうか?優れた経営者による即断とイノベーションは、手続きに縛られた官僚的組織よりマシではないだろうか?

ちなみに上で触れたヤン・ウェンリーは「最悪の民主主義でも、最も優れた専制に優る」という信念の持ち主であった。では、ヤン・ウェンリーに似た「権力への意志を持たない人物」でもあるソクラテス自身は、「ソクラテスが哲人王になるべきだ」という意見に対し、どう振る舞うのだろうか?あるいは、ソクラテスが蘇って、プラトンに「ぜひ専制君主になってくれ」と頼まれたら引き受けるのだろうか?

次回は、その辺りついて。

冒頭画像
Head of King Amasis, reworked for a non-royal individual 570–526 B.C

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