NFT上のアートとは何か:ドイツを中心とした思想家の価値論からヒントをもらう
はじめに
先日、村上隆氏によるOpenSea上へ「Murakami.Flowers」 発表のニュース(1)を目にして、相変わらず価値とはいったい何だろうと考えつづけています。
Spotlightで、NFT上のアートに関していくつか記事を掲載してきました。思索の支援をもらうべく、関連する哲学者の思想をとりあげて整理しておきます。
価値をはかる尺度
それぞれの人は自分なりの価値観をもっています。何をたいせつにしているかで人のアイデンティティや個性が表出しているといえそうです。
手持ちの高校倫理のテキスト(2)には価値の尺度に関してわかりやすくまとめられているので、ほぼそのまま以下に引用します。ここでは左がわが尺度で、「:」の右がわがそれぞれの価値の内容です。あくまでもこのテキストの編者の考えにもとづく分類です。
有用性:目的達成の手段としての便利さ
快適さ:身体的・精神的ここちよさ
正しさ:秩序に一致する行為や状態の尊さ
真実性:事物の本当の意味や意義を知る尊さ
善 さ:人としてなすべきことをなす尊さ
美しさ:事物がそれ自体で与える感情の尊さ
神聖さ:世俗を超えた畏敬の念を抱かせる尊さ
まあ、このように価値の尺度を明示されるともっともだなと感想を持ちます。とくにNFTアートの価値に関しては、「真実性」と「美しさ」に「有用性」の尺度を加えて議論のたたき台にあげようと思います。
そして倫理のテキスト編者は、事実認識と価値判断に関しては次のように記述(一部を略、( )内は私)しています。
(ここから)
できごとがどんな理由から生じ、どんな結果をまねくかを問うのは客観的な事実認識の問題。
できごとの因果関係の認識をもとに、選びとるべき行為を問うのは主体的な価値判断の問題。
上に示した尺度から事物の価値を判断して序列化(優先順位は時代や社会で異なる)し、価値の実現を図ろうとするわけだが、「人間らしい」生き方には個人や時代を超越した普遍性が内包されている。
(ここまで)
とあります。テキストの緒言といってもよい位置での記述なので、思想家の名前や用語は使われていません。これからこのテキストで倫理を学習する学生への餞の言葉といえそうです。
人間らしさ・どう生きるかを問いつづけ、表現するのが倫理学のつねですから、それをどう捉えるかはその時代や立場でことなるでしょう。そして今回のテーマであるNFT上のアートに関しても。
4人の哲学者と価値
ここで18世紀から20世紀に生きた4人のドイツの哲学者を取り上げます。
カント(1724-1804)のいう「目的の王国」は複雑化する現代社会においてはあくまでも理想かもしれません。この道徳的立場のカントの思想とシュリック(1882-1936)の実証主義の立場の膠着状態を、現象学の立場でシェーラー(1874-1928)が価値論をまとめて打開しようとします。
価値論をぶちあげる前提として、彼は著書のなかで価値をとりあげて5つに分類しています(3)。
快適価値
有用価値
生命価値
精神的(文化的)価値
聖(宗教的)価値
たとえば精神的(文化的)価値に真善美などが内包されています。わたしが上に示した「真実性」と「美しさ」に「有用性」などの尺度がとくにここにあてはまり分配されそうです。
参考までに
シュプランガー(1882~1963)によると、人が追求する文化的価値のうちどれに重きをおくかでその人の性格を6つに分類しました(4)。
経済型:事業や経済に価値を求める
権力型:他人を服従させることに価値を求める
審美型:美しいもの、楽しいことに価値を求める
理論型:心理や理論に価値を求める
社会型:社会への福祉や奉仕に価値を求める
宗教型:神を信仰することに価値を求める
この分類はあくまでも人の性格の分類ですが、まさに現代人がNFT上のアートに関わるうえで、バランスよく芸術家本位の方向へと導いてくれないかというのがわたしの期待です。
おわりに
この記事の冒頭に芸術家の村上隆氏の参入をとりあげました。このニュースのなかで、「…ほんのちょっとした興味の揺らぎなのか。それとも未だ知る由もない未来の価値観へのはじめの一歩なのか …」と彼のコメント(部分)をとりあげています(1)。
表現は適切ではないですが、時代を感じとり敏感に彼の触手が動いたのかもしれません。この発言にわたしは「お~。」と声が出ました。
カントの「目的の王国」は理想的でかんたんには到達しがたいものですが、努力してつねにそこを目標とすべきものとカント自身は言いたいでしょう。
そんななかで時代の潮流に乗りつつ、文化的価値の側面からNFT上のアートは新しい切り口を垣間見せていることは確かだと思います。
ブロックチェーンの技術やNFTのもつ特性をもとにして、世の中においてより理想的な価値として醸成・昇華されるとよいのですが。
引用文献など
(1)美術手帖 2021.3.30 https://bijutsutecho.com/magazine/news/market/23819
(2)新倫理資料 新訂版 実教出版 p.6(2013).
(3)センター試験のツボ 倫理 桐原書店 p.184 (2009).
(4)新編アプローチ倫理資料 とうほう p.13(2007).