苦痛のトレーサビリティで組織を改善する 4: 苦痛トークンとはどんなものか
哲学者ハンナ・アレントは、組織の命令に従うだけではなく、ある種の勇気、命を危険にさらして命令に逆らい、人類にとっての正義を維持するような判断を個人に求めた。勇気はおそらく必要だ。しかし、個人の勇気に依存しすぎたガバナンスは持続可能ではない。勇気のある人は少ないし、増える見込みも特にないからである。
勇気を必要とせずに、嫌なものはイヤだと客観的に伝える仕組みが(昔は無理だったが)今なら作れる。VECTIONメンバーの西川アサキは「苦痛トークン」という簡単な仕組みを提案している。
苦痛トークンは次のような文脈を仮定した仮想的な権利だ。
- 幸福についての合意よりも、苦痛についての合意の方が得やすい
- 大義(理念)や誰かの幸福のためには当然苦痛が伴う、と信じるのを避ける
- 潜在的で見えない苦痛を顕在化する
- 組織の失敗が苦痛というシグナルとして現れ、それを通じて組織構造が変わりうる
苦痛トークンは、ネットワーク内で利用されるトークン(仮想通貨のような、権利量を表す単位)という形をとり、次のようなルールに基づいて運用される。
- 苦痛トークンは、組織のメンバーに一定期間に一定量配布される
- 譲渡不可能
- メンバーは行使量を毎期決める
- 行使は匿名で行われる
- 組織はその生産物(アウトプット)に、それを生産する際に行使された苦痛トークン量を、トレースできる形で添付する義務があるとする
苦痛トークンは、パブリックなブロックチェーンに記載されるため、改竄できず、しかも匿名で分散された、組織に対する変更要求権限となる。
苦痛トークンには、具体的な提案への評価の必要がなく、誰のせいでそうなっているのか、なぜ苦痛なのかわからないが、とにかく「苦痛」が生じている事実を匿名で表現できる、という特徴がある。
では、その苦痛トークンの行使に対し、組織はどう応じるのか? たとえば以下のような想定ができる。
苦痛トークンの行使により、組織構造(各メンバーの貢献、権限、命令、資源のルーティング方法)が変化する。
変化の大きさや形は、行使された苦痛トークンの総量、行使したメンバー群の分類情報、現在の組織構造などを配慮し、別途定められたアルゴリズムによって(裁量の発生をできるだけ防ぐため人の手を介さずに)決定される。
苦痛トークンは、組織メンバーの苦痛シグナルを組織内外でトレースする仕組みの初歩的な一例に過ぎない。だが、似たような仕組みが正常に機能しうるのなら、「フェアでない商品は買わない」というような行為にも、もう少し具体的な内実を与えうるはずだ。
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Credits:
原案:西川アサキ
草稿執筆:古谷利裕、もや
同時編集:VECTION
冒頭画像:Bronze statue of Eros sleeping3rd–2nd century B.C. Greek
本稿は、「ブロックチェーンとレボリューション──分散が「革命」でありうる条件とはなんですか?
r/place的主体とガバナンス──革命へと誘うブロックチェーンとインターフェイス から、苦痛トークンとPS3について記述された部分を取り出して、加筆、再編集したものです。