ココ・シャネル関連の文献調査 2

 1986年2月号の『marie claire』にココシャネルの特集が大々的に掲載されると、翌年5月から海野弘による「ココシャネルの星座」という連載が、1988年5月号まで掲載された。それが、1989年に中央公論社から『ココ・シャネルの星座』として書籍化されている。おおよそ、日本において、人間シャネルが日本人の手によって具現化されたのは、この書籍を皮切りにしてだろう。

 ただ、海野弘は、あくまで1920年代のシャネル最盛期の記述で、全体像ではない。その後、日本人による伝記の試みがあるにはあるが、翻訳の内容を超えるものとは言い難い。1990年の秦早穂子の本は、そもそもポール・モランのシャネル本の訳者であるので、その訳業+αとして、冒頭にシャネルが提案したルックの写真が多めに掲載されているのがうれしい。

 日本人独自のシャネル伝記としては2002年の山口昌子による『ココ・シャネルの真実』が良い。というのも、産経新聞のフランス特派員であった山口は、フランス事情通であり(文庫版あとがきの鹿島茂もそう書いている)、書きにくい部分についてもキッチリ筆が載っているのがいい。戦後の、有名人たちとの交流についても、マンデス=フランスとの会合を望んで引き合わされたシャネルが、ドゴールについて長い時間話したというエピソードとか、ちょっと面白いことも満載だからだ。要するに、シャネルを英雄然と描いていないがゆえに、『ココ・シャネルの真実』は今でも読む価値が十分になるといえる。

 藤本ひとみの『シャネル』は評伝ではなく、小説形式なので、普通に読みやすい。史料の提示があって、記述を進めていくという形式がわずらわしい人は、この小説から読むといいかもしれない。また山田登世子の『シャネル 最強ブランドの秘密』は、タイトルからするとブランド論ぽいが、2021年にちくま文庫化された『シャネル その言葉と仕事の秘密』の方が内容をキチンと表現しているように思われる。評伝的なものが好きなら、こちらを先に読むといいだろう。

 2012のハル・ヴォーンの『誰も知らなかったココ・シャネル』は先に書いたように戦中戦後のシャネルの姿が史料とともに記されていて大変に面白い。この本が出て以降は、シャネルをそんなに英雄然として描けなくなったろう、と思ったのだが、割と恋も仕事もつかんだ女的な規範化がみられる。面白いことだ。

 ハル・ヴォーンの内容を踏まえたうえで面白い翻訳書としては、『シャネル、革命の秘密』がいい。伝記作家はあまり服や服飾産業について詳しくないので、そちらの方に筆を伸ばさないが、このリサ・チェイニーの本では、そうしたデザイナーとしての動きも書かれている。デザイナーとして意義だけではなく、史料を使って、戦後のデザイナー・ココ・シャネルについて書こうとしているのが共感できる。

 2016のイザベル・フィメイエの『素顔のシャネル』は、秘蔵写真が多くて面白い。大きいサイズの本なので、場所をとるのが難点。ただ、秘蔵写真の中で、シャネルに写真の顔もみたくない相手のところは切り落としてしまう、というふるまいに及ばれたいくつかの写真を見て、ワクワクしてしまった。ここには誰がいたんだろう、なんていう、そういう想像を掻き立てる秘蔵写真がたくさんのっているので、今までの文献を通読して、シャネルをもっと知りたい!と強く願う人なら、読んでみてもいいのかもしれない。

 いずれにしても、シャネルはオードリー・ヘプバーンと同様に、なんでか人気があるなあ、と感じた。

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