和尚のワーケーション~その2

和尚のワーケーション~その2

若いころの昔の一人旅って、知らない街を知らない人の中でふらふらと彷徨うのみの行為だったのが、最近うれしいのが、ワーケーションそのまま、誰かに会いに行くってのが目的だから、その合間に観光、というかどこかへ行くということになるんですよね。知らない土地に知ってる人がいること、ってのがなんだか非常にうれしくって、あまりその辺「その1」で語らなかったんだけど、その土地のことを知っている人から深く知れる、というのが幸せだなーとか思っております。(あ、その1でまじゃくの甘辛揚げの写真が落ちていたので、アップしときました)

といいながら。

一人でフラフラと知らない街を歩き回る、というのも、自分はここでは知られてない人なんだ、という感触も好きで、それも久しく出来ていなかったんだけど、今回2泊して、3日目のフライトが夕方だったので、朝からフリー!!(といいながら仕事電話は数本ありましたが)で、ぼっちの半日以上の彷徨、やってみました。いったい何年振りなんでしょう・・・。

前回の大牟田行きが、人にあうということと、新幹線だったので、このおっさん結構仕事が好きで、仕事があるとあせって家に帰りたくなるので、フライト時間が決まっている、ということは非常に良いことだ、と思いました。

まず、目的としたのが「熊本県の神社でご朱印をもらう!」というもの。九州のご朱印は、福岡県のはもらってたし、佐賀県は佐嘉神社のを1日目にいただいたので、熊本しかなか!ということで、大牟田から車で5分のところにある熊本県荒尾市の四山神社というところに行ってまいりました。

そもそも、福岡県大牟田市と熊本県荒尾市ってのはもう県境があってないようなもので、何の変哲のないところに県境があったりして、ここの神社も峠を越えることも川を越えることもなく、県境を越えてすぐのところにあります。

で、行こうとしたところ、いや、これが結構な小山のてっぺんに鎮座されておられるの。軽四のレンタカー、昇れるかな?と思ったけど、いや道が狭くて軽四でよかった、幸い対向車はなかったものの、あったら結構いやだったろうな…と今でも思えます。

振り返れば大牟田の街。結構の都会です。だって全盛期には20万人を超える人口がいたらしいのですから・・・。

で、昇りきったところで、この有明海!その向こうは雲仙普賢岳!ってのがアイキャッチの写真です。うん。さっきまで福岡県にいて今は熊本県、そして有明海を挟んで長崎県を眺める・・・佐賀も含めて1回の旅行で4県に触れられたのは、いったいいつぶりでしょうか・・・。(新幹線で多くの県を通過したことはあるんですけどね・・・)

で、念願のご朱印をもらいます。ここのは持参のご朱印に書いてもらえるわけではなく、紙にあらかじめ書いてあるのですが、それも納得。なんでかというと・・・

ほら、これなんです。いやはや、筆書きのイラスト入りのご朱印、私お初です。思わずPDF化しちゃいました。

もう大満足でお参りを終え、下山し、次は大牟田市石炭産業科学館へ向かいます。そこで知識をたっぷりと蓄えたあと、三池炭鉱宮原坑跡へ向かいます。世界遺産です。ほら、石炭を運ぶため「だけ」に鉄道をひいてたのってなんかすごいなーとか思ってしまいます。

ここから、大牟田の石炭の歴史とか語りたいんだけど、詳しくはリンク先見て頂戴。わたしゃも初めて知ることも多いんだけど、ここでの思い出は・・・ボランティア案内人の初老のMさん。多少耳がお遠くいらっしゃって、「質問してくださいね!」という癖に、質問すると聞き取れないというかわいらしい方でございました。
 また、私は事前に科学館で予習してきたために、Mさんがおっしゃることもフンフン感動もなく聞き、さらに「柳河藩を最初に治めた、関が原で石田三成を捕まえた・・・田中・・・」といい淀んだところに、「吉政ですよね」と切り込んだ私に対抗心を燃やしたのか、次から次へとトリビア知識をご開陳。(今思うと大人げない私・・・)

そのMさんに開陳していただいたネタ二つ。
①この柳河藩の家老は小野家が長く務めており、特に江戸時代から石炭開発をよくしたが、この子孫がオノヨーコである。
②地下足袋ってのは、久留米出身のブリヂストン創始者の石橋さんが、炭坑労働者のためにここへ売り込みに来た。

結構、ここいらってすごい人多いのね・・・。

ということで、ここを最後にレンタカーを返却し、そこから西日本鉄道の特急に乗り、一気に福岡市までもどりましたとさ。

最後に

西日本鉄道、単線区間があるんだけど、特急は通過区間がほとんどということもあり、マジ疾走する。へたすっと近鉄より疾走感があり、「単線」って知っていると、なんだか怖いんだな・・・これ。

合掌。

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