ご冥福をお祈りしません。
誰かが亡くなると、テレビなんかでは「ご冥福をお祈りします」というのが定番ですね。政治家も、ニュースキャスターも、異口同音にそう言う。
でも、批判を覚悟で言いますが、亡くなったのが自殺だった場合にこれを言うのは、いかがなものかと思います。
ちょっと重箱の隅をつつくような話題かもしれませんが、おつきあいくださいませ。
「冥福」という言葉は、字面からして、「あの世での幸福」という意味だと解釈できます。
つまり「冥福を祈る」とは、天国に行くなり、来世でよりより境遇に生まれ変わるなり、死後の幸福を願うーーという意味になるんでしょう。おそらく。
しかし、自殺する人は、この世で生きていけないほど苦しいから、死を選ぶのです。この世での幸せになりかたかったけど、それが叶えられなかったのです。
死ぬ当人は、「せめてあの世では幸せに・・・」と思っている可能性はありますが、喜び勇んであの世に行くわけではないのです。死なずに済むなら、そうしたかったはずです。
仮に私が、不本意ながら死を選ばざるを得なかったとしましょう。
そこで、生者から「あの世では幸せにね」と言われたところで、嬉しくもなんともない。「お前が言うな!」「生きている間に助けてくれよ!」と言いたくなるでしょう。
死んだ後で幸せを願われたって、なんの救いにもなりゃしないのです。
そんなものは偽善です。
ついでに、少し倫理的な次元でも考えてみましょう。
それは、命を粗末にするのは、決して正しいことではない、ということです。それがたとえ自分のものであっても、です。
しかも、自殺は、周囲の人の心に、深い傷を残します。精神的なショックを与えます。
さらに、自殺したのが有名人だったりすると、他の人の自殺まで誘発することがあります。
つまり、自殺というのは、他の人を傷つけ、命すら奪いかねない行為なのです。
そんな罪深い「自殺」ですが、それによって亡くなった人たちに対して、あの世での幸せをねがうというのは、どういうことなのか。
悪いことをした人に、善果(幸せ)がめぐってくるよう願うのは、おかしいでしょう。
そういう意味で、自殺した人に「ご冥福をお祈りします」と言うのは、変なのです。
まとめると、「ご冥福をお祈りします」という表現が不適当だと思う理由は、以下の二つです。
第一に、そんなことを言われて嬉しい自殺者はいないだろうから。
第二に、倫理的にみて自殺者には冥福をこうむる資格がないから。
三浦春馬さんの時や、竹内結子さんの時、私は大きなショックを受けました。
正直、精神的に重い。かなりしんどいです。
死を選ぶには、生きづらさがあったんでしょうし、葛藤もあったでしょう。
ただただ悔やまれます。
その死をいたみ、その生をねぎらいたいと、心から思います。
それでも、誰かが「ご冥福をお祈りします」と口に出したり、ツイートしているのを見たりすると、「変な言い方なんじゃない?」と不可解に思うのでありました。
読んでくださってありがとうございました!
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