Web3はなぜ日本で普及しないか

 Web3にはまだキラーアプリがないから起業家が創ればいいとか、技術をもっと発展させてコストを安くすればいいとか、単に老人が技術についていけていないだけだからそのうち普及する、とかいうのが定番の答えだろう。

 しかし私はそうではないと思う。単純にWeb3はあまりにEvilすぎる。それは構造的性質でありどんなキラーアプリが出てこようが現代の日本で普及することはない。そんな中でどれだけ投資機会に飢えているJTCが火中の栗を拾いに乗り込んできても、そのたびに大事故が起きて一部の人間だけが利確して逃げ切り、何も生み出さないだろう。


 こういうと、Web3界隈は「そもそもWebは1.0の時代からEvilであったし、今でもEvilだし、資本主義そのものもEvilであるし、人間もEvilだけど、クリプトを使えばコードレベルでEvilさを軽減することができるんだ」というお決まりの議論を持ち出してくる。

  しかし、どう考えてもそれは観測事実に反する。明らかに、Web3は既存のどの経済システムよりもEvilである。収奪的で、寡占的で、非民主的で、不便で、知識のない人間や不注意な人間は無限のリスクを負い、コミュニティへの貢献はアテンションを稼いで自己利益に変換するためにしか行われてない。
 これはキラーアプリがないということを意味しない。むしろ本質的に非中央集権制が必要な、興味深いアプリは出てきている。そもそも最初のアプリであるBTCは国家にも実物にも依存しないStore of Valueという確かな価値を提供しているし、Polymarketの情報は原理的に党派に依存しえない勝率予測器としておおいに参照されている。

 だがそれらの価値は、Evilさと表裏一体だ。BTCは犯罪組織の不正送金や蓄財に使われているが、これはまさに国家の管理から逃れる最大のメリットの一つだ。Polymarketは未登録かつ未規制のバイナリオプション業者として米国を追われながら、明らかに米国内から違法に接続された売買者から情報を得ている。だからこそ歪みも党派性もない賭けの結果として未来予測を織り込むことができるし、閲覧者はそう信じることができる。

もしこれらが、一部のプロジェクトのように、中央集権組織の規制を受け入れたり、それ等の管理下に入ると、本質的な価値はおおいに棄損される。それらは単に中央集権組織が、Web3の支配におびえてそれらを完全に飼いならそうという不毛な努力をしているに過ぎない。だが飼いならされたクリプトは単なる不便なゴミで、ポンジにしか使えない。Evilさこそがブロックチェーンの価値の本質なのだ。

 日本でまだ技術もコンテンツも資本も潤沢にある数少ない組織のソニーがついにWeb3に参加するようだが、この本質を全く理解せず綺麗ごとを吐いており、無残に爆死することは疑いない。

 JTCメーカーは製造業の論理で動く組織であり、本質的に自身の生み出すEvilさに耐性がない。製造業は自分の生み出してしまった「製品」の過失に無限責任を負う必要がある。だからEvilさに耐え切れない。もちろん日本のソフトウェア産業もまたSIerとして製造業の論理で生きているのでこの構造からは逃れられないだろう。

 日本の閉塞感は、製造業国家の論理を愚直に積み上げた結果、責任が膨れ上がり、再生産コストが増大していったことといえるだろう。しかしその放棄は国家の論理の放棄であるから、明確な破綻の日まで決断することはできまい。

 Webの世界は少し違う。GAFAのようなプラットフォームのプロバイダは、その上で働くサードパーティーや消費者に利益をとらせる代わりに、Evilさの責任を肩代わりさせることが可能だ。そのEvilさが実はプラットフォームの構造に由来するものだったとしても因果関係の証明は難しいため、サードパーティーや消費者を紛争当事者に据えることで、ダメージを抑えることができる。ゆえに生き残り、拡大再生産することができているのだ。だがごまかしも明白になりつつあり、本当にこのまま責任を逃れつつ善なる存在として生き残れるかは微妙なラインにある。もし現状の責任を全て負わされたら価値は棄損し、膨れ上がった経済は崩壊するだろう。

  これらと比較すると、Web3はさらにEvilさとの因果関係が明らかなため、明白な邪悪として現代秩序の外側にしか居場所がない。しかし逆に、製造業とも旧来のWebとも違って、そもそもEvilさを切り離すことができないゆえに、Evilさを一手に引き受け、何の責任も取らないことでニッチとしての生存場所を見つけているともいえる。


 Web3は日本では普及しないと述べたが、逆に言うとそれを阻んでいるのは、現代の日本の責任倫理システムである。これが崩壊するとき、Web3はその強力な代替、キラーアプリとして君臨することになると思われる。

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