【和訳】ジョン・ナッシュ「漸近的に理想的なお金」※訳注つき

【和訳】ジョン・ナッシュ「漸近的に理想的なお金」※訳注つき

「ビットコインはデフレが期待されるから通貨としてダメ」という意見があります。これはケインズ派の経済学に基づく意見であり、確かに合理的に考えればビットコインと法定通貨の両方が使用できる状況においてまず法定通貨を使用するという主張には一理あるでしょう。

ところが、前提としての「通貨はインフレするほうが良い」というのは意見であり、議論の余地があります。「悪貨は良貨を駆逐する」ということわざがあるように、インフレする椅子取りゲームのような通貨は悪貨なのでは、という反論です。

ゲーム理論で有名なジョン・ナッシュはインフレ率がゼロである通貨を「理想的な通貨」と考えていました。ただ、突然インフレしない通貨を導入することは困難なため、現在の通貨の形から自然と徐々にインフレ率がゼロに近づく「漸近的に理想的なお金 (Asymptotically Ideal Money)」というコンセプトにたどり着きました。

今日紹介する文章は、まさにこの内容についてです。結論を出すようなものというよりは思考実験だと思って、ビットコインとの関連性も楽しんでください。

原文はここ:https://fermatslibrary.com/p/213f2919

Aymptotically Ideal Money (理想的な状態に漸近するお金)

長年考えてきた「理想的なお金」について執筆や講演していくなかで、さらに政治的な現実や政治家・市民の心理という視点を取り込んだコンセプトを思いつき、お金に関する文化や風習が進化していくうちにどのような出来事が起こりうるか想像する根拠になっている。

最終的に辿り着いた「理想的なお金」という構想は、異なる通貨間の価値を具体的に比較する尺度となるべき水準や理想を見つけたときに具現化した。鍵となるのは「ICPI (Industrial Consumption Price Index)」という国際的な指標である。(これは米国で年金の物価調整に使用されるCPI-消費者物価指数に似ているが、消費者個人ではなく製造業者に関するものであり、その設計上OPEC産の石油や貴金属・希土類など、グローバルなコスト競争に依存するものである。)

しかしながら、メートル法やユーロほど簡単に理想的な通貨を国際的に導入できると考えることは非論理的である。国家が現在使用されている通貨をコントロールし供給しているため、必然的に政治的な側面を帯びるからだ。政治的な後押しを必要とするプロジェクトは実際の(例えば科学的、経済学的、医学的な)メリット・デメリット以外に「政治的な現実」とも呼ぶべき環境に左右される。

法定通用力による突然の普及が見込めない理想的な通貨の実現は進化のプロセスに委ねられているように思う。もちろん、十分な進化を経たあとには合意や法制化などのプロセスによって普及が促進されることはあり得る。

※何らかの客観的な物価の基準をもとにインフレ率がゼロに近づく理想的な通貨を仮定したとき、その客観的な物価の基準を観測することが一番のハードルとなり、また普及も政治的プロセスなのでこれらを検討することにした、とまとめられます。

Currencies of Improving Quality (通貨の品質)

ある法定通貨を使用国の外から見たときに、その通貨の「品質」を評価する方法は将来的にその通貨の価値が他の通貨や「価値の保存」となる貴金属やコモディティと比較してどのくらい下落するかという確率を評価することである。

相対的価値が低下する可能性が大きいほどその通貨の評価は「低品質」だ。

一方で、ケインズ派の中央銀行家やその周辺の経済学者は自国の通貨については時と状況に応じて様々な方法で通貨を供給し、価値の下落を引き起こす必要があると論じる。彼らが取りうるこの行動が国家内の公共の福祉につながるという主張である。

ケインズ派の取る金融政策が実際に国内の公共の福祉に寄与するかとは別に、ゲーム理論的にはこのような政策を取りうることが、仮に取れない場合と比べて彼らにとっては有利となることは明らかだ。つまり、これらの政策が選択肢にあること自体が安心感をもたらしている可能性がある。

そこで、ケインズ派のもとで一般的な通貨(金本位制などとは異なる)について、一般的な傾向として価値が毀損されていくペースが遅くなっていく(インフレが低下していく)可能性を提唱したい。すなわち、持続的・断続的に通貨の国際的価値を低下させる政策の効果性に対する失望がケインズ派の中から出てくる可能性だ。(当然、「ヨーロッパの米ドル」であるユーロにも当てはまる。)

法定通貨の将来的な価値のトレンドを決めるステージに立つ役者たちもまた、合理的なゲームのプレイヤーとして見ることができる。ここで「合理的な期待」というテーマが割り込んでくる。通貨の政策に関われない一般の市民でも、通貨の将来的価値への不安がある場合など、合理的な期待(予想)をできないわけではない。したがってこのゲームには中央銀行側のプレイヤーのみならず、法定通貨の供給に関わる政策で騙されたり損したくないという市民側のプレイヤーもいることになる。

※このセクションは言い回しが難解ですが、ジョン・ナッシュが言いたいことは「一般的な金融政策を行う通貨においても徐々に通貨のインフレ率が低下していく可能性があり、ケインズ派の間でもこれを好感する者が出てくるのではないか」と解釈しました。ケインズ派のお金も、徐々に理想的なお金に近づくのではないかという予想です。(本当に理想的なら、当然ですね)

Signs of Attitudes (中央銀行家の態度)

スウェーデン国立銀行のウェブサイトにはインフレ率を表す「速度計」が掲げられている。これは現地の行政側の心理についていくつかのことを教えてくれる。そのうち1つは政府が政策を通してインフレ率を自在にコントロールでき、すなわち政策を通して自国通貨の価値の下落率を定められるという意識である。(より貧しい国であれば国家が自国通貨建てのインフレ率をコントロールできるという自信は一般的にないため、このようなものは表示しないだろう。)

さて、もし実際にインフレ率をコントロールすることができる自信があるのであれば、例えば1%から3%のインフレ率が現在のスウェーデンにおいて好ましいとされているとき、なぜその具体的なレンジに辿り着いたのか、なぜより狭いレンジではないのか説明できるのだろうか。(スウェーデンの「速度計」に記されている値はスウェーデン国内の消費者物価指数に対するインフレ率である)

※インフレターゲットは科学的とはいえない部分がある、という指摘です。

Signs of the Times (時代の流れ)

比較的最近になると、中南米のいくつかの国がルクセンブルクやリヒテンシュタインのように自国通貨を諦める体制を取るようになった。アルゼンチンやエルサルバドルが例である。彼らは(少なくとも一時的に)自国通貨の価値を米ドルと固定相場制に置いた。パナマに至ってはずっと昔から同様である。

米ドルが理想的な通貨ではない以上、これらも「理想的なお金」とは言えない。しかし、この政策が続く限り、これらの国は市民に米ドルより不安定だった過去の自国通貨と比べてマシなものを提供できる。

ところが、例えば世界中のすべての国が自国通貨の価値を英ポンドに紐付けた状態を想像すると、世界中で金本位制が取られていた時代と比較してもとても偏っていて不安定な印象を受ける。

つまり、国連本部がニューヨーク、IMFとIBRDがワシントンDCに存在するという歴史的な事実はあれど、それだけで米ドルへのペッグが世界各国の法定通貨の管理者たちが取りうる価値の不安定性に対する永久的な解決策であるとは言えない。

メートル法はフランスの高級シェフが美味しい新しい料理を発明するのに使うから世界中で追随して使われるようになったわけではない。むしろ科学的な根拠に基づく単位であるためであり、ウォーテルローの戦いの後、初めて導入した国はフランスではなくオランダであった。

※いかなる管理者のいる通貨よりも金が通貨として安定しているという主張を直感に基づいて展開し、金が世界中で使われていたのは単なるトレンドではなく、客観的に優れている側面があるからだと示唆しています。これは金に通貨として理想的な性質があるからだと暗に言っています。

Price Indexes in General (物価指標について)

いろんな国が市民の生活費をCPI(消費者物価指数)として集計している。グローバリゼーションと産地・消費地の分離というトレンドによって各国のCPI指数が似たようなものになる日が来るかもしれない。当然、税制の違いが比較自体を困難にするが。

同様に、自国通貨の価値をCPIに対して安定させようとする国が出てくれば、それらの国の通貨の間の交換レートも安定していく可能性も高いのではないだろうか。

すると、そのような進化的トレンドの漸近的な結末はICPI指標などを用いずにインフレから解放される事実上の「理想的なお金」ではないだろうか。

※ケインズ派の法定通貨もいずれは物価安定を目指すようになり、世界中の通貨がこれを目指せば通貨間の交換レートも安定し、国際的な物価基準の策定という唐突な政治的プロセスを経ずに徐々に「理想的なお金」が実現するかもしれないという期待です。

Tax Revenues Complications (税収への影響)

マクロ経済学者にはインフレーションが徴税の一種と同じ影響をもたらすことが広く知られている。

国債などの保有者はインフレによって自らの財産が目減りしたことになる。つまり、彼らにとっては資産に課税をされたのと同等である。もう一方では、キャピタルゲインに課税される国において、インフレはキャピタルゲインに対して加算されてしまう。例えば実質的には価値が下落していても、インフレによって名目的に値段が上がっていればキャピタルゲイン課税の対象となってしまう場合が考えられる。

そう考えると、キャピタルゲインに課税していて2.5%のインフレターゲットを実現しているXランドという国において、インフレ率がもしゼロになったとしたらキャピタルゲインによる税収が減少してしまうことは明らかだ。

したがって、国家の政府にとっては、他の国家の存在を考慮しない場合には、インフレ率をゼロに近づけていくことには明らかに税収への悪影響が考えられる。

※国家にとってインフレ率の低下は税収減を意味するため、たとえ理想的な通貨への進化が自然な傾向であったとしても政府の邪魔が入り、一筋縄ではいかない可能性に触れています。

Psychological Considerations (心理的な側面)

真にマキャベリ的な政府は、実際に国民にとって最適な政策を取っていなくとも、国民に(少なくともある程度の期間は)そういった感覚を与えることができる。例えば徐々にインフレしている国において、億万長者の数は増えていく。もし億万長者の数が減っていくような環境があれば、市民の心理は冷え込む。

他にも、技術革新と経済成長によって人間1人あたりの富が増えてきたという全体的な感覚が存在する。だが例えば富を純粋に1人あたりの土地面積で測ってみると、人口が増えていく中で自己の保有する土地の割合が増えていくことについて喜ぶべきか悲しむべきかは難しい問題である。

ひょっとすると人類は火星、月など地球外の土地を植民地化することで実際に富を増やすことに成功するのかもしれない。(既に太陽系は人類の支配下にあると非論理的に考える人にとっては富の増加にはならないかもしれないが。)

さらに、人類が火星を集中に入れたという実感も、火星の土地が細かく区分されて個人や法人によって所有されるときになるまで得られないのかもしれない。

※一般市民にとっても、インフレ率の低下は「パイが大きくならない」という停滞の感覚を伴うものかもしれず、ひょっとするとインフレ率が高いことで直感的に成長を感じることが(実際は違ったとしても)幸せなのかもしれない、とまとめられています。この場合はジョン・ナッシュのいう「理想的な通貨」は実は理想的ではなかったのでしょうか。

~~~おわり~~~

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記事を書いた人

ビットコインが好きです。ビットコイン研究所に寄稿したり、トラストレスサービス株式会社という会社で実験的なサービス開発をしています。

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