だれもいない山は石にあふれている:化石を探索中
はじめに
石がおもしろい。これまでさまざまなことに興味を示し、ちょっとだけ触れる、あるいはいろいろなところに首を突っ込んで見るなど、やけどをしない範囲で接してきた。
そのなかでどうもひとつ、まちがいなく趣味と意識しないまま連綿と興味がつづいているものがあるとつい先ほど気づいた。ほんの2分30秒ほど前のこと。
興味の根源
いったん興味をもつと保持したくなる性質があるようだ。いまも興味がまた湧きつつあり、先日来Spotlightに入手した石の記事を以下のように7つあげている。
さて小学校高学年の頃のこと。バス遠足があった。その目的地は石灰岩のカルスト台地。学校から1時間ほど。したがって特徴的な白っぽい石についてはなじみのあるほう。その場に着いて聞いた教師の説明が印象に残った。
見渡すほど広い台地にはひつじの群れ(実物を見たのはおとなになってからだが)のような岩が点々としている。教師の話ではそれらはもとはすべて生き物のなごりで足元の下深くまでずっとこの岩でできているらしい。
もっと正確に言うと生き物の体の一部が岩となり石灰岩になったと。化石はそれ以外にも生き物のかたちに石の成分が置き換わったものもあるとのこと。おどろいた。生き物が石に変わるなんて。小学生のわたしにはありえないという衝撃的な話だった。
化石について知る
しかもそれだけではない。教師の口からはさらにショッキングな言葉が。「ここは海の底だったんだよ。」と。ええ~今、バスでえんえんと山すそをくねくねとあがってきたではないか、そんなはずはないよ。とわたし。
でもはなしはつづく。そのそばの白い岩、そのもととなる生き物は海にいた生き物。だからここは海の底だった。そのあとの造山運動などで…と理詰めできた。
そうなると納得するしかない。その日は友人との遊びのさそいもうわのそらで、その台地の岩をなでてまわった。たしかに岩のあちこちに変なもようがあった。どうやらそれらは生き物の痕跡らしい。
生き物が石になり、その生きたことの証を永遠に近い時間残すことになる。小学生の頃だったので言葉にならず、もどかしいきもちが残った。
家にもどると
見たままの印象とは強いもの。家のまわりにもこの石は散らばっていると気づいた。ひろうと遠足でみた岩とほぼおなじ。トイレ用の塩酸の入った洗剤をかけるとたしかにしゅわしゅわ泡が出る。二酸化炭素だ。石灰岩と区別しにくいチャートなどと見分けるために欠かせない区別法。
家のまわりでひろった手のひらに収まる石をそっとランドセルの使わないポケットに入れておいた。いつでもながめられる。小学校卒業までのあいだ、お守り代わりにこの石がちゃんとあるかどうか気になると確かめていた。
中学校へすすむとランドセルを使わなくなり肩掛けの白いかばん。お守りの石は勉強机の引き出しの一番奥へしまい込んだ。肩掛けカバンにはいつしか技術家庭科の実習で得た材木のかけらが入り、お守りとなった。
わが家の山
そして半世紀近くの時が過ぎた。中山間地にいる。以下の記事の写真がわが家の山。
おおかたが火成岩で覆われている地域にあって、そことはことなり中生代の堆積岩の岩が露出している。さまざまな経緯でそのことを知った。しかも長年に加わった圧力などの変成作用により、一部はチャートなどに変わっている。とにかく硬い。
中生代ということで恐竜が跋扈し、海にはアンモナイトが時代を謳歌していた頃のはずだが、この地ではまだ化石が見つかっていない。少なくともわたしの住む地域では。
したがって作業の合間をみて時間があると岩石を山に見に行く。近所で新しい露頭が開削されると見物に行く。そして石を手当たりしだいに見てすごす。
とにかくさまざまな石があって飽きない。所有地なのでだれにもじゃまされない。地質図を見ると中生代当時は海底だった頃が長いはず。したがって見つかるとすれば海の生き物の化石。したがってアンモナイトなど特徴のはっきりしたものを目標に探してみようと思っている。
わたしがSpotlightにひょんなことから入手した石の記事を書いているのも、化石と区別するために必要だろうとはじめた。小学生以来からの石への思いをやっと満たせる時と場に出会えたようだ。
おわりに
いまになってふりかえると、こどもの頃ってどうしておとなには一見何の価値も感じられないものに執着するのかと思う。
あるいはこどもなりにそれまでの心持ちが大きく変わるぐらいの経験を頻繁にしていたかもしれない。その経験の痕跡が語彙が少なく記憶の言葉として残りにくい。
印象は残るかもしれないが言葉にできないだけもどかしい。その代償あるいはそれをおぎなうのがこうした大事に抱えつづけた「遺物」なのかもしれない。
参考までに。小学生時代にひろった石灰石はいまも家にある。そして当時の遠足で訪れた場の周辺からは、そののち新発見の魚類化石など貴重な標本が見つかっている。