MSTR投資判断(2025.8)

MSTR投資判断(2025.8)

概要

本稿は、「MSTR再考(2025.8)」の論点を踏まえたうえで、マイクロストラテジー(以下、MSTR)の株価評価における主要な論点、すなわち「修正純資産価値(mNAV)が長期的に1.00に収束する」という説と、「レバレッジ効果によりリスクプレミアムが加味される」という説のどちらがより妥当かを分析するものである。結論として、後者の説がより説得力を持つと判断される。MSTRは、単なるビットコイン(BTC)の静的な保有企業ではなく、資本市場を巧みに利用し、既存株主の持ち分当たりBTC保有数を能動的に増加させる独自の「ビットコイン・イールド」を創出している。この動的な価値創造モデルが、ビットコイン現物ETFのような「静的な」代替手段との差別化要因となり、株価にプレミアムを正当化する。

しかし、このプレミアムは安定したものではなく、市場センチメントや資本調達環境に強く依存する。したがって、MSTRのmNAVは、単純な1.00への収束ではなく、市場の期待値と固有のリスクを反映した特定のレンジで推移すると考えられる。このプレミアムの妥当な水準は、ビットコインのボラティリティ、負債コスト、そして資本調達戦略の成功度合いによって変動する動的な指標である。

第1章:MSTRの「デジタル資本戦略」の核心

1.1. 企業財務におけるビットコインの役割:MSTRの先行者利益

企業が財務資産としてビットコインを保有することは、法定通貨の価値下落やインフレに対する防御策、財務資産の分散化、そしてリスク調整後のリターンの向上といった複数の意義を持つと考えられている 。ブロック社やテスラといった企業も同様の戦略を採用している 。しかし、MSTRの戦略は、その規模と徹底したコミットメントにおいて特異である。同社は2020年8月に初めてビットコインの購入を開始して以来、これを主要な財務準備資産と位置づけ、継続的に追加購入を行ってきた 。この戦略を通じて、MSTRは従来のソフトウェア企業から「ビットコイン・トレジャリー企業」へとそのアイデンティティを根本的に変革した。  

この事業モデルの変革により、MSTRの株価はビットコインの動向に強く連動するようになり、仮想通貨投資家を中心とした新たな市場の関心を惹きつけるに至った 。MSTRは、他の企業が資産の一部をヘッジ目的でビットコインに割り当てるのに対し、企業価値そのものをビットコインのパフォーマンスに連動させることで、株主に対して「ビットコインへの代理投資手段」という独自の地位を確立した。  

1.2. MSTRの資本調達戦略:進化する「ビットコイン・フライホイール」

MSTRの企業価値創造モデルの中核は、資本市場を活用したビットコインの継続的な積み増し、すなわち「ビットコイン・フライホイール」のメカニズムにある。同社はこれまで、ビットコイン購入資金を主に転換社債の発行と株式発行(普通株・優先株式)によって賄ってきた 。特に2029年満期の0%クーポン転換社債は、定期的な利払いコストなしに巨額の資金を調達できる極めて有利な手段であった。しかし、転換社債は満期が到来すれば償還義務が生じるため、将来的な再資金調達リスクを伴う 。  

最近の動向として、MSTRは「STRK」「STRF」「STRC」「STRD」といった永久優先株式を導入し、今年度に入り107億ドルもの資金を調達している 。これらの証券は満期がなく償還リスクを回避できる利点がある一方で、8%から10%に及ぶ高い配当利回りを恒久的に支払う必要がある 。この資本構成の進化は、MSTRが短期的な流動性リスクを長期的なキャッシュフローリスクに置き換えることで、戦略の持続可能性を確保しようとする意図を示唆している。  

1.3. コアソフトウェア事業の役割と限界

MSTRは、エンタープライズ向け分析ソフトウェア事業を継続しており、これはビットコイン評価益に比べれば規模は小さいものの、年間売上高が約4.6億ドルに達する安定した収益源である。この事業は、MSTRの評価において重要な「価値の底(バリュー・フロア)」としての役割を担っている。この事業が生み出す安定したキャッシュフローは、ビットコインを売却することなく、転換社債の利息や永久優先株式の配当を賄うことを可能にし、経営の自由度を高めている 。  

マイケル・セイラー氏がビットコインの「ホールド」を固く誓う中、この事業の安定したキャッシュフローは、MSTRの戦略的持続性を支える生命線となっている。したがって、市場はソフトウェア事業の価値を、単なる売上や利益以上の、この戦略的役割に鑑みて評価している可能性が高い。

第2章:mNAVプレミアム論争の構造分析

2.1. mNAVの定義とプレミアムの歴史的背景

mNAVは、MSTRの時価総額を、その保有するビットコインの時価総額で割った比率として定義される 。ビットコイン戦略を採用して以来、MSTRのmNAVは1.00を大きく超える水準で推移しており、最近では2.7倍に達したこともある 。これは、投資家がMSTR株を、その保有する純粋なビットコイン価値よりも高いプレミアムを付けて評価していることを意味する。  

2.2. 説①:mNAVが1.00に収束する説の考察

この説の主な論拠は、市場の効率性である。投資家は、より低コストで直接ビットコインにアクセスできる代替手段、特にビットコイン現物ETFの存在によって、MSTR株をプレミアムを支払って保有する動機が薄れるという考え方である 。ブラックロックのIBITは、今年度に入り70万BTCを保有し、MSTRの保有数(約62.9万BTC)を上回る規模となり、高い流動性を提供している 。ETFはMSTRに比べて運営手数料が低く、規制された商品であるため、機関投資家や個人投資家にとって参入障壁が低い 。  

したがって、ETFの普及は、MSTRが提供する「ビットコイン・エクスポージャー」がもはやMSTR独自の付加価値ではないことを示し、mNAVプレミアムを圧縮する大きな圧力となっている。実際に、一部の市場参加者は、プレミアムの縮小を期待して「MSTRを空売りし、ビットコインを現物買いする」といった裁定取引を行っている 。  

2.3. 説②:レバレッジ分だけプレミアムが加味される説(「ビットコイン・イールド」の価値)

この説は、MSTRを単なるビットコインの代理と見なすのではなく、資本市場を巧みに利用して価値を創造する「動的な」企業として評価する。MSTRの株価にプレミアムが付与されるのは、能動的な資本調達によって既存株主の持ち分当たりビットコイン保有数を増加させる「ビットコイン・イールド」という独自の価値創造プロセスによるものである 。MSTRは、市場が熱狂している高プレミアム時に株式を発行し 、調達した資金でさらにビットコインを購入する 。このプロセスを通じて、発行済み株式当たりのビットコイン保有数が増加し、投資家はこの価値創造プロセスを評価し、株価をさらに押し上げる。この好循環は、ビットコイン価格の継続的な上昇と、資本市場の旺盛な資金需要に依存する、反射的なメカニズムである 。  

このモデルは、静的な「ビットコイン・ホールディングカンパニー」であるETFや、操業リスクを伴うマイニング企業とは根本的に異なる、MSTR独自の強みであり、プレミアムの源泉となっている。

第3章:プレミアムを正当化する要因の詳細分析

3.1. 資本構成の動態とリスクの分析

MSTRの「ビットコイン・フライホイール」の持続可能性は、その資本構成と市場環境に依存する。最近の重要な動きとして、MSTRは新株式の発行(ATM)に関するガイダンスを修正した 。以前は「mNAVが2.5倍を下回る場合は発行しない」という方針を公約していたが、これを撤回し、負債利息や優先株式の配当支払いのために、より低いmNAV水準でも発行を許可するとしている 。  

この方針変更は、市場の一部から「投資家保護の約束を反故にした」として強い反発を招いた 。この動きは、MSTRが負債と配当のコストを賄うために、より積極的な希薄化戦略を追求せざるを得ない状況に陥りつつある可能性を示唆している。これは、市場の熱狂が冷めつつあり、かつてのように高プレミアムで容易に資金調達ができない状況を示唆しており、MSTRのフライホイールが以前ほどスムーズに回転していない可能性を指摘する声もある 。  

3.2. 市場の反射性(Reflexivity)とFASB会計基準変更の意義

MSTRのビジネスモデルは、ビットコイン価格の上昇が株価を押し上げ、それがさらなる資本調達とビットコイン購入を可能にし、ビットコイン価格をさらに押し上げるという、自己強化的な反射性メカニズムに依拠している 。この反射性は、2024年に施行されたFASBの新たな会計基準によってさらに増幅される可能性がある 。この基準変更により、ビットコインの評価益が財務諸表に時価で反映されるようになった。これにより、MSTRの財務状態はビットコイン価格の変動に直接連動し、価格が上昇すれば巨額の利益を計上できる 。  

この会計基準の変更は、MSTRの収益性を大幅に向上させ、S&P500指数への採用基準(収益性)を満たす可能性を高める 。もしS&P500に採用されれば、新たな機関投資家資金が呼び込まれ、株価とプレミアムをさらに押し上げる強力なトリガーとなりうる。しかし、その反面、ビットコイン価格が下落すれば、今度は巨額の損失を計上することになり、株価のボラティリティはさらに高まることになる。  

第4章:MSTRの評価モデルと適切なmNAVの導出

4.1. MSTR企業価値の構成要素の分解

MSTRの企業価値は、以下の3つの要素に分解して評価することが可能である。

  1. 純ビットコイン価値(NAV): MSTRが保有するビットコインの時価総額から、すべての負債(転換社債、永久優先株式)の公正価値を差し引いた、本源的なBTC価値。

  2. ソフトウェア事業価値: 安定したキャッシュフローを生み出すコアソフトウェアビジネスの価値。これは、類似企業の売上倍率(P/S)や収益倍率(P/E)を用いて評価できる。

  3. 戦略的プレミアム: レバレッジ効果、ビットコイン・イールド、経営陣(マイケル・セイラー氏)のブランド価値、そして市場の反射性といった、NAVを超える付加価値。

4.2. mNAVプレミアムの理論的根拠

MSTRのmNAVプレミアムは、伝統的な評価モデルにおける「企業特有のリスクプレミアム(CSRP)」として捉えることができる 。これは、特定の産業や市場全体に適用されるベータ値では捉えきれない、MSTRの独自の資本戦略や集中リスク、そして価値創造モデルを反映している。プレミアムの存在は、投資家がMSTRのレバレッジ戦略を、リスクを上回るリターンを生み出す可能性のあるものとして評価していることを意味する。  

4.3. 適切なmNAV水準の定量分析

MSTRのmNAVは、単純な1.00に収束するのではなく、この独自の価値創造モデルと、そのモデルが持つ固有のリスクのバランスによって決定される。適切なmNAV水準を定量的に導出するためには、以下の要因を総合的に考慮した動的モデルが必要となる。

  • レバレッジ倍率とコスト: MSTRのレバレッジ比率は1.1倍に達する 。0%クーポン転換社債のような低コスト負債と、8-10%の永久優先株式といった高コスト負債の加重平均コストが、プレミアムの維持に必要な「ビットコイン・イールド」の目標水準に影響を与える。  

  • ビットコイン・イールドの期待値: MSTRは2025年に30%のビットコイン・イールドを目標に掲げている。市場がこの目標の達成可能性を高く評価する限り、プレミアムは拡大する傾向にある。

  • ソフトウェア事業の価値: ソフトウェア事業の価値は、mNAVが1.00を下回る際の「底値」として機能する。この事業が安定的なキャッシュフローを提供し続ける限り、mNAVが1.00を割り込む可能性は低くなると考えられる。

以上の要因を考慮すると、MSTRのmNAVは、市場の期待値とリスクプレミアムを反映した特定のレンジで推移すると結論付けられる。このレンジは、ビットコイン市場のボラティリティ、資本調達の成功度、そしてソフトウェア事業の安定性によって変動する。ビットコイン価格が急騰し、新たな資金調達が容易な局面ではプレミアムが拡大し、逆にビットコイン価格が下落し、負債の支払いが懸念される局面ではプレミアムが縮小する。

結論:長期的な展望と投資家への示唆

MSTRのmNAVが長期的に1.00に収束するという説は、ビットコイン現物ETFの存在によって説得力を増している。しかし、この説は、MSTRの能動的な「ビットコイン・イールド」戦略と、それを支えるコアソフトウェア事業の存在を十分に考慮していないため、全面的に正しいとは言えない。より有力なのは、レバレッジ効果と市場の期待を反映したリスクプレミアムが加味されるという説である。

MSTRのプレミアムは、単純な投機的熱狂の産物ではなく、ビットコインの価値を増幅させる独自の金融戦略に対する市場の評価である。このモデルは、資本市場の反射性を巧みに利用する動的な金融実験であり、ETFのような「静的な」エクスポージャーとは一線を画している。

しかし、投資家はこのモデルが持つ固有のリスクを十分に理解する必要がある。それは、ビットコイン価格の継続的な上昇に依存する点、資本調達戦略が市場のセンチメントに左右される点、そして株式希薄化リスクである 。MSTRは、単純なビットコインの代替品ではなく、そのポテンシャルを最大限に活用し、資本市場のレバレッジを巧みに利用する、より複雑でハイリスク・ハイリターンの投資機会を提供する存在である。投資家は、その潜在的な価値創造を評価すると同時に、そのモデルが持つ固有の脆弱性を十分に理解した上で、その変動性を許容できる場合にのみ投資すべきである。

この続き : 0字 / 画像 0枚
100

会員登録 / ログインして続きを読む

関連記事

記事を書いた人

Bitcoin is stablecoin.

SNSにシェア

このクリエイターの人気記事

株式投資家・不動産投資家がビットコイン最終奥義に至る試練

556

ビットコイナーは一般層へ優しくない?

456

「暗号資産に関連する制度のあり方等の検証」にTOXICパブコメ投下

453