MSTR再考(2025.8) 

MSTR再考(2025.8) 

第1部:ビットコイン・トレジャリー企業群の比較解剖

マイクロストラテジーの独自性を理解するためには、ビットコインを財務戦略に組み込む他の上場企業との比較が不可欠である。単なる保有量の多寡を超え、各社の本業、資金調達戦略、そしてビットコインとの関係性を類型化することで、その本質的な違いが明らかになる。

1.1. MSTRの純粋投機型モデル:レバレッジを活用した「フライホイール」戦略

MSTRは、ビットコインを主要な財務準備資産として保有する世界最大の企業である 。同社は、従来のエンタープライズ向けソフトウェア事業から、資本市場を活用してレバレッジを効かせ、ビットコインを継続的に積み増す「純粋投機型(Pure-Play)」企業へと変貌を遂げた。マイケル・セイラーCEOによって「インフィニット・マネー・グリッチ(無限の資金増殖バグ)」とも称されるこの戦略は、同社の株価プレミアムを資金調達に利用し、さらなるビットコイン取得を通じてプレミアムを増幅させる「フライホイール(はずみ車)」モデルを形成する 。  

MSTRはビットコイン購入資金を、主に転換社債、株式(ATM)売却、そして最近導入した永久優先株という多様な金融商品を通じて調達している。この多角的な資金調達手段は、同社の戦略の柔軟性と積極性を示している 。また、同社は、1株当たりビットコイン保有量(サトシ換算)を増加させるという独自のKPI「BTC Yield」を掲げ、これを株主価値創造の主要な尺度として重視している 。このKPIは、ビットコイン価格の変動を超え、企業がビットコイン枚数自体を増加させる能力を測る試みであり、他の追随を許さないMSTR独自の価値提案である。  

1.2. マイニング企業の生産型モデル:コストと収益の綱引き

Riot Platforms(RIOT)やMARA Holdings(MARA)といったビットコインマイニング企業は、ビットコインを「生産」することで企業価値を創造している 。彼らの事業は、高度な設備投資と膨大なエネルギーコストに依存しており、ビットコイン価格だけでなく、ネットワーク全体のハッシュレートや電力市場の変動にも直接的に影響を受ける。  

財務戦略の面では、マイニング企業はマイニングしたビットコインを運営費(エネルギー代、設備費)に充てるため現金化する必要があり、MSTRのように保有量を一貫して最大化することは必ずしも得策ではない 。その結果、彼らのビットコイン保有量はMSTRに比べて著しく少ない 。また、RiotはAI/HPC事業への多角化を模索しており、ビットコインへの「純粋な賭け」という側面は薄れている 。このため、マイニング企業はMSTRのような純粋なレバレッジ・エクスポージャーを提供するわけではなく、投資家はビットコイン価格の変動に加え、マイニングの技術的・運営的リスクを引き受けることになる。MSTRは、本業のソフトウェア事業が安定したキャッシュフロー源泉となり、ビットコインを売却することなく負債を管理できる点で、マイニング企業とは一線を画す 。  

1.3. その他の企業の戦略的保有モデルとETFの台頭

テスラ(TSLA)やブロック(XYZ)は、ビットコインを財務戦略の一部として保有しているが、その保有量はMSTRに比べてはるかに少なく、本業の事業とは切り離された非中核資産として位置付けられている 。テスラは、ビットコイン保有による利益を四半期ごとに計上しており 、ブロックは法定通貨のインフレヘッジや自社のエコシステムへのコミットメントを示す手段としてビットコインを活用している 。  

一方、2024年の米国におけるビットコイン現物ETFの承認は、MSTRの戦略的ポジショニングを根底から揺るがす出来事となった 。特にブラックロック(BlackRock)のIBITは、圧倒的な資金流入を達成し、その保有量はわずか1年半でMSTRを凌駕した 。ETFは、MSTRとは異なり、レバレッジを一切使わず、手数料を徴収する代わりに、ビットコインへの安全で規制された、受動的なアクセスを機関投資家や個人投資家に提供する 。IBITがMSTRの保有量を上回ったという事実は、市場の資金が「レバレッジとプレミアムを追求するMSTR」から「安全性と透明性を重視するETF」へとシフトしている可能性を示唆している 。  

第2部:MSTRの「フライホイール」戦略の深層分析と強み

MSTRの企業価値の源泉は、単なるビットコイン保有量ではなく、その株価が保有するビットコインの純資産価値(mNAV)を上回って取引される「mNAVプレミアム」に集約される。このプレミアムの存在こそが、MSTRの戦略を他と一線を画すものにしている。

2.1. 「mNAVプレミアム」の論理的根拠

MSTRの株価が、その保有するビットコインの時価総額に、本業のソフトウェア事業価値を単純に加算したNAVを上回って取引される現象は、長年にわたり市場の議論の的となってきた 。このプレミアムは、単なる投機的熱狂だけでは説明できない、MSTR独自の戦略が生み出す価値の現れである。  

  • レバレッジ効果: MSTRは転換社債や永久優先株といった低利の負債を利用してビットコインを購入する 。これにより、自己資本を上回るビットコインを保有でき、ビットコイン価格の上昇局面でレバレッジ効果による高いリターンを株主に提供する。このレバレッジを通じて、MSTRは自己資本の範囲を超えるビットコイン保有を実現し、ビットコインへのエクスポージャーを増幅させている 。  

  • 「BTC Yield」の創出: MSTRは、資本市場から資金を調達してビットコインを継続的に買い増すことで、1株当たりのビットコイン保有量(BTC per share)を増加させるというユニークな価値を株主に提供している 。これは、ビットコインを直接保有するだけでは決して得られない価値創造であり、株主価値の持続的な増加を測る重要な指標と位置付けられている 。  

  • ソフトウェア事業のキャッシュフロー: 注目されることは少ないが、MSTRの本業であるエンタープライズ向け分析ソフトウェア事業は、安定した収益を生み出し続けている 。この事業から得られるキャッシュフローは、転換社債の利払いなどを支え、MSTRがビットコインを売却することなく負債を管理する能力を担保している。これにより、MSTRはマイニング企業のようにビットコイン価格の変動で運営が不安定になるリスクを低減している 。  

これらの要因は、MSTRのmNAVプレミアムが、単なる投機的熱狂ではなく、マイケル・セイラー率いる経営陣の「資本市場を巧みに活用し、株主のためにビットコインを積み増す」という執行能力と、その持続可能性に対する市場の信頼の現れであることを示唆している。

2.2. ビットコインETFとの対比と競争

2024年の米国におけるビットコイン現物ETFの登場は、MSTRの主要な競争優位性であった「ビットコインへの簡易なアクセス」を根底から揺るがしている 。ETFは、ビットコインを直接購入・管理する煩雑さやリスクを回避したい投資家に、よりシンプルで規制された代替手段を提供した。  

ブラックロックのIBITの成功は、ビットコインへのエクスポージャーを求める機関投資家や個人投資家の多くが、MSTRが提供するような「レバレッジ」や「プレミアム」を必要としていなかったことを示唆している 。彼らはむしろ、規制された、単純明快な投資商品を求めていた。この新たな競争環境下では、MSTRのmNAVプレミアムは、IBITが提供する「ノー・プレミアム」な代替手段によって下方圧力を受ける可能性が高く、この影響は、最近のmNAVプレミアムの縮小傾向にすでに現れている。MSTRは、もはや唯一のビットコイン・プロキシではなく、市場の選択肢が増えたことで、その独自のポジションを維持するための新たな課題に直面している。  

2.3. 批判とリスク要因:持続可能性への問い

MSTRの戦略は、その革新性ゆえに、同時に多くの批判とリスクを抱えている。一部のアナリストや市場ウォッチャーは、MSTRのモデルを「ポンジ・スキーム」と批判している 。この批判は、MSTRのモデルが新規資金の継続的な流入に依存しており、それがなければ負債の利払いなどを賄えないのではないかという懸念に基づいている 。  

また、資金調達手段自体がリスクを内包している。転換社債は、株価が転換価格を上回ると株式の希薄化リスクを伴う 。また、新しく発行された永久優先株は、利払いが優先される一方で、MSTRの財務状況が悪化すれば支払いがスキップされる可能性もある 。MSTRのビジネスモデルは、ビットコインのボラティリティと、資金調達による負債の利払いという、二重のリスクを抱えている 。ビットコイン価格が急落すれば、株価はさらに大きく下落し、mNAVプレミアムが崩壊する可能性がある。同時に、長期にわたる高い金利(8%-10%)は、ビットコイン価格が停滞・下落した場合、財務負担を増大させる 。  

第3部:ATM方針変更とS&P500採用説の検証

MSTRが最近行ったATM方針の変更は、投資家コミュニティに大きな動揺をもたらした。この変更がS&P500採用に向けた戦略的布石であるという説の真偽を検証する。

3.1. ATM方針変更の事実関係と市場の反応

従来のガイダンスでは、MSTRは原則としてmNAVが2.5倍以上の株価でのみ、ビットコイン購入目的の株式発行を行うとしていた 。しかし、新しいガイダンスでは「会社が有利であると判断した場合」に、この閾値以下でも株式発行が可能になった 。この変更は、投資家コミュニティから強い反発を招き、一部の株主は「約束を破った」と非難した。発表後、MSTRの株価は下落し、mNAVプレミアムも大きく縮小している。  

MSTRの公式な変更理由は「資本市場戦略における柔軟性を高めるため」だが、投資家の批判と株価の下落は、市場がこの変更を「経営陣が、これまで頼りにしていたプレミアムが維持できなくなることを予見し、いざという時の資金調達手段を確保しようとしている」と解釈したことを示唆している。これは、MSTRの「無限の資金増殖バグ」モデルが限界に近づいているというシグナルとして受け取られた可能性がある。

3.2. S&P500指数採用基準の再確認

S&P500指数採用には、米国籍、ナスダック上場、時価総額(2025年7月時点で227億ドル以上)、流動性、そして4四半期連続のGAAPベース黒字という定量的要件がある。

MSTRの現状は以下の通りである。

  • 時価総額: MSTRはすでに要件を大きく上回っている。

  • 収益性: 新しいFASB会計ルールにより、ビットコインの含み益をGAAPベースの収益として計上できるようになったため、MSTRは収益性要件を満たす可能性が高まった。

  • フリーフロート: S&P500は、インサイダーが保有する株式を除外した「フリーフロート時価総額」を重視する 。MSTRは、マイケル・セイラー氏や主要機関投資家による大株主保有比率が高い 。この比率の高さは、指数採用の障害となり得る。  

「ATM方針変更はフリーフロート比率を高めるため」という説は、株式を新たに発行し、大株主以外に広く流通させることで、相対的に大株主の保有比率を下げ、フリーフロートを増加させるという論理に基づいている 。  

3.3. 考察:方針変更の真の意図

S&P500採用は、ATM方針変更の「望ましい副産物」として狙われている可能性は否定できない。しかし、この説はいくつかの矛盾を抱えている。第一に、株価が低い時に株式を発行すれば、その希薄化効果は非常に大きい 。指数採用という長期的な利益のために、短期的な株主価値を犠牲にするという決断は、市場の信頼を損なうリスクを伴う。第二に、S&P500委員会は単なる定量的な基準だけでなく、企業の経営の健全性や安定性も判断する 。過度な希薄化は、むしろ経営の不健全性と受け取られる可能性がある。  

より蓋然性が高いのは、ATM方針変更の主目的が「資金調達の柔軟性確保」にあるという説である。MSTRのmNAVプレミアムは近年大きく変動しており、従来の2.5倍という厳格な基準は、市場環境の変化に迅速に対応する上で足かせとなっていた。最近のビットコイン価格とMSTR株価の同時下落は、同社の資本調達戦略に圧力をかけている。方針変更は、市場環境が厳しい中でも、資金調達の機会を失わないための、経営上の現実的な対応策であると考えられる。この動きは、MSTRの「フライホイール」モデルが持つ脆弱性と、経営陣が市場環境の変化に柔軟に対応しようとしている姿勢の現れであり、投資家からの強い反発は、この変更が、MSTRのモデルが持つ「無限性」に対する市場の疑念を露呈したことを物語っている。

結論:MSTRの未来像と投資家への提言

MSTRの戦略は、ビットコインをレバレッジを通じて保有するという革新的なアプローチを確立した。その「フライホイール」モデルは、好調な市場環境下で驚異的な株主価値を創出してきたが、ビットコイン現物ETFの登場とmNAVプレミアムの変動という新たな課題に直面している。最近のATM方針変更は、このモデルが持つ脆弱性と、経営陣が市場環境の変化に柔軟に対応しようとしている姿勢の現れである。S&P500採用は魅力的な目標ではあるものの、そのための安易な希薄化は、コアな投資家層からの信頼を損なう可能性がある。

MSTRは、ビットコインへの「レバレッジ付き」エクスポージャーを求める投資家にとって、依然として魅力的な選択肢である。しかし、投資家は、その株価がビットコインの価格変動に加え、mNAVプレミアムの変動、そして経営陣の資金調達方針変更といった、独自の「企業固有のリスク」を内包していることを理解すべきである。より保守的な投資家にとっては、手数料はかかるものの、シンプルな非レバレッジ型エクスポージャーを提供するビットコイン現物ETFが、より合理的な選択肢となり得るだろう。MSTRへの投資は、単なるビットコインへの投資ではなく、セイラー氏の資本管理戦略と、その戦略がビットコイン市場と株主価値に与える再帰的な影響に賭けるものである。

この続き : 0字 / 画像 0枚
100

会員登録 / ログインして続きを読む

関連記事

記事を書いた人

Bitcoin is stablecoin.

SNSにシェア

このクリエイターの人気記事

株式投資家・不動産投資家がビットコイン最終奥義に至る試練

556

ビットコイナーは一般層へ優しくない?

456

「暗号資産に関連する制度のあり方等の検証」にTOXICパブコメ投下

454