ビットコインは金よりも環境に悪くないという話
三行でまとめ
- ビットコインが環境に悪いかどうかは使用している電気量だけでは判断できず、使用する価値があるかどうかが重要だ
- 最近FRB議長が金に近いものという見解を出したので金と比較してみた
- 現在あるデータではビットコインは金よりも環境に優しいことがわかった
ビットコインは環境に悪いのか?
「ビットコインと環境」はビットコインが注目されて企業に購入されることも増えるに従って、最近また再熱している話題である。最近特に話題になったのはこのビルゲイツの記事だろう。
ビットコインはマイニングで大量のエネルギーを消費するだけでなく、ボラティリティ(価格変動性)が高いため、資金に余裕のない投資家にとっては災いの原因になる可能性があるとゲイツは考えている。
ここでビル・ゲイツによって語られているのは、以下のような素朴な三段論法だ。
- 電気を浪費するのは環境に悪い
- ビットコインは電気を大量に浪費する
- 従ってビットコインは環境に悪い
だがちょっと待って欲しい、そもそもビットコインをマイニングすることを安易に浪費と決めつけるこの三段論法には、「ビットコインは価値がない」という前提が隠れている。
持って回った言い方をすれば、ビットコインに価値が無いと思っている人が考えればビットコインのマイニング(ビットコインを電気を使って作ること)は浪費なのでビットコインが環境に悪いのは当然だ。一方で、ビットコインに価値があると思っている人からしたら、マイニングは価値があるからやっているのであって当然浪費などではない。
振り返って考えてみると「ビットコインが環境に悪い」と主張している人たちは、そもそもビットコインの価値を認めていないのである。これでは、いくらビットコイナーが「いや6割自然エネルギーも使っているから」と主張しても届かない。
これと対象的なものに鉄の例がある。実は鉄鋼産業は大量に二酸化炭素を排出していて地球環境に非常に悪い影響を与えているが、現代社会における鉄の価値は誰もが認めることなのでなかなかやり玉に上がらない。鉄には(ある程度は)環境資源を使うだけの価値があるからだ。
ここから明らかになるのは、「なにかが環境に悪い、環境に良い」というのは定量的に測定できそうでいて、実は定性的な価値判断が関わってくることがあるということだ。
つまり、ビットコインが環境に悪いかどうかは使用している電気量だけでは判断できず、それだけの電気を使用する価値があるかという価値判断が重要になる。しかし周知の事実だが、ビットコインに価値があると考えるかどうかは人によって大きく異なる。
もちろん個人個人は勝手に判断すればいい。ただし、”この社会において”ビットコインは環境に悪いのか? という問を正しく問うためにはなにかしらの社会通念上の共通認識(コモンセンス)になるような「ビットコインの価値」を置く必要がある。そして同等の価値を提供するほかのものと比較してはじめて環境にいいか悪いかを考えるスタートラインに立てる。
ビットコインの社会的役割
これまでは、ビットコインは「すぐ消えるよ」という人もいれば「インターネット以来の大発明だ!」 という人もおり、なかなかこれといった共通の認識をみつけられないでいた。
ところが最近FRBのパウエル議長という権威中の権威がビットコインは金に近いものという見解を出してくれていたので、これに便乗しようと思う。
別に自分がビットコインは金に近い価値しかないと思っているわけではないのだが、FRBの議長がビットコインは金に近いものだと言っているのだから、世間的にはコモンセンスとして受け入れられるだろう、という話だ。
(個人的には金の役割がビットコインに果たせるなら、保管のコストもかからず送金コストも格段に低いビットコインはむしろ「金の上位互換」というべきだと思う)
比較方法
比較方法として、環境負荷を評価するために一般的に広く用いられているカーボンフットプリントを使用する。
CFP(カーボンフットプリント)とは、Carbon Footprint of Productsの略称で、商品やサービスの原材料調達から廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算して、商品やサービスに分かりやすく表示する仕組みです。
カーボンフットプリントを用いることで、製品やサービスの種類や素材の違いを横断して、また輸送時などの間接的なものも含めて網羅的に、環境負荷を評価することができる。
ちなみにカーボンフットプリントで単位として出てくるCO2はCO2eとも呼ばれ仮想的なCO2(二酸化炭素)の単位である。例えばメタンガスはCO2の数十倍の温室効果があるので製品の製造中にメタンガスが放出される場合にはメタンガスの放出量をCO2相当量に換算した値が加算される仕組みになっている。以下ではCO2eに統一して表記する。
金のカーボンフットプリント
金の採掘会社であるゴールドフィールズ社の2009年のレポートがらデータ持ってくることにする。(少し古いので今のほうが改善している可能性もあるが、最新のデータが見つけられなかった)
Gold production for the same year was 3,892,020 ounces. The carbon footprint per ounce of gold was determined to be 1.51 tonnes CO2‐e/ounce of gold
こちらの報告によると金のカーボンフットプリントは1オンスあたり1.51トンCO2eであった。
オンスには馴染みがないので1kgあたりに換算すると、 53.26トンCO2e/kg となる。
ビットコインのカーボンフットプリント
探してみたところ、一つ論文が見つかった。
The Carbon Footprint of Bitcoin
The corresponding annual carbon emissions range from 22.0 to 22.9 MtCO2
この論文によると、ビットコインネットワーク全体の年間炭素排出量は22.0~22.9 MtCO2とのことである(2018年)。これを金と比較するため、1ビットコインに換算する必要がある。
2018年に生み出されたビットコインの総数は?
上記のペーパーで年間炭素排出量を算出した年は2018年なので、”1ビットコインあたり”を計算するには2018年に生み出されたビットコインの総数が必要だ。
調べてみると、2018年の初めのブロックは501,904ブロックだった。
https://blockstream.info/block/00000000000000000002b80fc5ca61d01a77c5f07d66089155283b64e7b339c0
このときの1ブロックに生み出されるビットコイン(Coinbaseトランザクションのマイナー報酬のうち手数料以外のもの)は12.5BTCである。(参考 https://bitbank.cc/info/bitcoin/about)。
また、2018年最後のブロックは、556,402ブロックだった。
https://blockstream.info/block/00000000000000000018db3ad4a5334a0f8a764e30a50735c92d2bdcf2655883
2018年には半減期はないので、これで2018年に採掘されたビットコインの総数が計算できる。
55499×12.5 = 681,237.5BTC
先程の論文の数字と組み合わせると1ビットコインあたりのカーボンフットプリントが以下のように算出できる。
22.0*1000000 / 681,237.5 = 32.3 tCO2e
すなわち、ビットコインのカーボンフットプリントは 32.3〜33.6 トンCO2e/BTC と計算された。
金とビットコインを比較する
繰り返しになってしまうが、ここまでのおさらいをしておくと、
- 金のカーボンフットプリントは 53.26トンCO2e/kg
- ビットコインのカーボンフットプリントは 32.3〜33.6 トンCO2e/BTC
となる。
ここからどのように金とビットコインを比較するべきか、いろいろ論は出てきそうだが、とりあえず今回は価値の保存という点に注目して比較してみたい。金もビットコインも価値を保存できる機能がある。なので同じ量の価値を保存した場合に必要なカーボンフットプリントの大きさを比較してみよう。
2021年4月2日のビットコインの終値は6,543,900円(ビットバンクトレードより)。一方、同日の金価格は6,782円/gである(田中貴金属より)。
ここから金1kg分の価値を保存する場合のビットコインと金のカーボンフットプリントを算出した。
- ビットコイン: 33.48〜33.79 tCO2e
- 金: 53.26 tCO2e
この数字からも明らかなように、金のほうがカーボンフットプリントが大きい。つまり、ビットコインと金を比較すると金のほうがビットコインよりも環境負荷が大きいということだ。
この結果を素直に受け取るなら、ビットコインが環境に悪いから規制しろと主張するならば先に金の方を規制するべきという話になるだろう。金を使わずに、ビットコインで代替できるならその方がエコなので、ビル・ゲイツも環境負荷を気にするなら今後は積極的にビットコインを使っていったほうが良いだろう。
注意点
この記事の計算はあくまで概算に過ぎない。また論にもあまいところがいろいろとある。そこに目をつぶって黙っておくのもフェアではないため、ぱっと思いつくところをいくつか上げてみる。
- ビットコインのカーボンフットプリントは2018年のものなので現在はもっと大きくなっていることが予測される(2020年に半減期があったことや難易度調整の関係でビットコインの電力消費量は大きくなっているため)
- 金のカーボンフットプリントは企業努力によって現在はもう少し改善しているかもしれない
- 2021年の価格で比較していいのか? 今後ビットコインの価格が下がる可能性もある。(上がる可能性もあるが)
- 金には価値の保存以外の機能がいろいろと存在する。電子機器などにも使われている。(それを言うならビットコインだって、という話になるのでこれは水掛け論かもしれない)
- カーボンフットプリントの計算自体が誤差の幅が大きいため数倍以下の違いは大きな意味を持たないかもしれない
結論
あまいところは重々承知の上だが、なにとも比較せず、電気使用量だけでビットコインは環境に悪いと雑に主張するよりは、だいぶましだということは強調しておきたいところだ。
注目すべきというか、ここでいえるのは、金と比較してもビットコインの環境負荷は突出して悪いということはまったくなく、同じようなオーダーであり、むしろ良い可能性もあるという事実かもしれない。これは一般的なイメージとは全く異なるのではないだろうか。
この事実を知ったらビル・ゲイツもビットコインを買い始めるかもしれないので、知り合いの人がいたらぜひ教えてあげて欲しい。