法人が前払式支払手段を対価として暗号資産の売却をすることは合法か

法人の円での暗号資産の売買は基本的に非推奨

まず最初に、円での暗号資産の売買について考えてみましょう。業として暗号資産の売買を行う行為は、許可なしに行うことはできません(資金決済法第2条7項1号、資金決済法第63条の2)。「業として」とは「反復継続し、社会通念上、事業の遂行とみることができる程度のものをいう」と解釈されることが多いです。従って個人間の単発の相対取引なら「業として」とはみなされないでしょうが、法人や個人事業主の場合は事業の遂行の為に行っているという推測が働く可能性が高い為、「反復継続はしておらず単発の取引である」という明確な証拠がある場合を除いてはやらないほうが無難です。

これ以降は、暗号資産の売買の当事者のうち、少なくとも片方は事業者(法人ないし個人事業主)として話を進めます。

前払式支払手段でも円と同様の問題が生じる

前払式支払手段でも円と同様の問題が生じます。すなわち、円で前払式支払手段を購入し、その前払式支払手段で暗号資産を購入した場合、これは事実上「円で暗号資産を買う」行為と等しいです。従って、(1)自家型前払式支払手段の発行者ないし(2)第三者型前払式支払手段の加盟店が、当該前払式支払手段で暗号資産を売却する行為も、資金決済法に違反すると考えられます。

なお、「前払式支払手段を暗号資産で販売すること」は、通常の対価の払込とみなせるので資金決済法上の問題は生じません。

他者の前払式支払手段を用いて暗号資産を売却できるか

ここで「他者の前払式支払手段」とは、前述の(1)にも(2)にも該当しない前払式支払手段のことです。つまり、自分がその前払式支払手段の発行者ではなく、かつ加盟店でもない無関係の法人である場合です(以下「無関係前払式支払手段」といいます)。典型例としては、無記名Suica等が考えられます。JR関連企業でなく、Suicaが使えるお店を運営している法人でなければ、当該前払式支払手段は無関係前払式支払手段です。

Suicaの場合は資金決済法には反しないでしょう。Suicaは前払式支払手段が印字されたカードという物であり、これは「前払式支払手段で暗号資産を購入する」のではなく「暗号資産で前払式支払手段(の印字されたカード。以降、「物前払式支払手段」といいます)を買う」という行為に等しく、単純な物品の購入と評価できるからです。このような暗号資産の使い方は、法の定義にまさに合致します(資金決済法第2条5項1号。通称「1号仮想通貨」)。

物品を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されているものに限り、本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産を除く。次号において同じ。)であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの)(太字は全て引用者)

しかし、古物営業法という別の法律での規制はなされるでしょう。Suicaだけでなく、中古チケット等の中古品(一度最終消費者まで流通された商品)の売買をする場合、古物商許可証を取得し、古物営業法に従い本人確認等の諸義務が生じます。逆に言えば、暗号資産で物前払式支払手段の購入を行う際は、基本的に古物営業法に準拠すればいいということになります。

なお、古物営業法は、売買両方ができるライセンスなので、当然購入だけでなく売却も可能です。当然顧客が古物商に対して物前払式支払手段で暗号資産の売買を行うのも合法です。

データの前払式支払手段の場合どうなるのか

それでは、電子データの前払式支払手段(印刷物でなくコンピュータ上の電子データで管理される前払式支払手段。以降、「電子前払式支払手段」といいます)の場合はどうなるでしょうか。電子前払式支払手段は、物前払式支払手段と違い物ではありません。古物営業法は物にだけ適用され、電子データには適用されません。前述の物前払式支払手段に関する分析とこの分析を組み合わせると、結論は以下のようになりそうです。

原則違法(資金決済法違反)
自家型前払式支払手段の発行者ないし第三者型前払式支払手段の加盟店が、当該電子前払式支払手段で暗号資産を売却する行為
原則合法
無関係前払式支払手段を用いて暗号資産の売買を行う行為

しかしこれは法律の建前は別として、妥当性を欠きます。物前払式支払手段の場合、古物営業法のライセンスが必要なのにも関わらず、電子前払式支払手段の場合はそれが不要となっているからです。これにより、扱う無関係前払式支払手段が電子化さえされていれば何らの規制もなくそれを用いた暗号資産の売買ができてしまうようになり、資金決済法上の交換業規制の趣旨が没却されます。

例をあげてみましょう。例えば kyash は電子前払式支払手段であり、アプリから他人に簡単に移転させることができます。そこで事業者が「kyash残高10万円を送ってくれたら、代わりに0.1BTCを送る」という取り決めでBTCを販売したとします。kyash はクレジットカードや銀行、コンビニで1ポイント1円でチャージできるので、このスキームを使えばいくらでも円で暗号資産を売買できてしまいます。これが交換業規制の潜脱と考えて間違いないでしょう。

このようなことが起きたのは、電子前払式支払手段が物ではないからです。紙や磁気カードに残高が印字されていて、用意に残高が増やせない(入金や売買に手間がかかる)物前払式支払手段であればこのような問題は生じないため(そのような手間をかけるぐらいなら暗号資産販売所やDEX等で暗号資産を売買したほうがいいので、経済合理性がない)、古物営業法の規制のみで十分だったのです。全ての電子前払式支払手段による暗号資産の売買が交換業潜脱性があるとは断言できませんが、著名で様々な店舗で流通している電子前払式支払手段で暗号資産を売買する行為は問題が多い(遠くないうちに規制される)と考えます。

従って電子前払式支払手段の売買は、物前払式支払手段の場合とは反対に、原則として暗号資産の売買には使わないほうがいいという結論になります。

結論

問:「法人が前払式支払手段を対価として暗号資産の売却をすることは合法か」

答:
無関係前払式支払手段
 物前払式支払手段 → 原則売買OK(古物営業法に従う必要あり)
 電子前払式支払手段 → 原則売買NG(交換業潜脱性あり)
それ以外の前払式支払手段
 物前払式支払手段 → 原則売買NG(交換業潜脱性あり)
 電子前払式支払手段 → 原則売買NG(交換業潜脱性あり)

免責事項

本件は個人の見解であり、執筆者が所属する組織の意見を代弁するものではなく、本記事を参考にして事業を行って生じた一切の損害ないし責任を執筆者は負いません。

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