批判?提言?全面否定? …日経新聞のビットコイン記事に見る“迷い”(2021年3月)
先週、日経新聞でビットコインに関する記事が出ました。
ネットでは3月20日(土)配信、紙面では21日(日)掲載でした。
この記事の概要を、日経の記者らしき方がツイートしていました。
その人いわく・・・
・・・と、ビットコインの弊害だけを取り上げて、これを批判しています。
実にがっかりな記事です。ʅ(◞‿◟)ʃ
これではまるで、いつかの読売新聞の社説と同じですね。
↓↓↓
既存の制度へのアンチテーゼであるビットコインを、国家主義のメディアが嫌うのは、まあ当然でしょう。
しかし、日経までもが、ビットコインの否定派に回ったか!!!
自由主義の旗手ではなかったのか!?
o( *`ω´)o
・・・と、つい私は憤りと失望とにかられてしまったのですが、しかしちょっとそこで冷静になり、よくよく読んでみるとどうもそう単純ではないのかもしれません。
なんとなく、隠れた意図がありそうです。
今回の日経の記事で、なんだかモヤモヤするのは、そのタイトルですね。
ネット ー> 『ビットコイン、強まる試練』
紙面 ーー> 『ビットコイン、続く試練』
うむむ?
「試練」ってなんだ?
試練って言われると、なんとなくこう、「乗り越えるべき壁」みたいな印象ですよね。
「ここが頑張りどころだ!」みたいな。
このタイトルだけ見ると、必ずしも否定しているようには感じられないんですよね。
それなのに、記事の中身を読むと、しっかり否定している。
この不統一感は、なんなんでしょう?
そのあたりは、いつもながら想像するしかないのですが、日経新聞にも“迷い”があるのではないかと思います。
ビットコインに対するスタンスを決めかねている。
そこで、せめて客観的な報道をしているように見えるように、いったん負の側面を強調する記事を出しておいた、というところなのではないでしょうか。
また、ある意味で“厄除け”としての効果も狙っているかもしれません。
おそらく、ビットコイン価格が今後も上昇すれば、日経はそれを事実として報道します。
ただそうすると、たんに数字としての価格を伝えただけなのに、あたかも価格上昇を賞賛しているかのような印象を与えかねません。
おそらく読者の中には、「投機を煽るのか!!」とクレームをつける人もいることでしょう。
そこで、「いやいや、煽ってないですよ」「ちゃんとビットコインのデメリットも報じてますよ」・・・と言い訳できるように、今回の記事を用意したのではないでしょうか。
一方で、全否定も避けたいというのが本音。
ビットコインをここで全面否定してしまうと、今後ビットコインの社会的な評価が上昇した場合に、「あの時の日経新聞は、ビットコインの可能性を読み損ねた」と冷評されることは間違いありませんから。
そこで、「試練」という言葉を使って、あたかも前向きな提言をしているかのように見える余地を残した・・・。
・・・・等々、今回も私の脳裏には邪推が駆け巡っているのでありました。
なんにしても、まだまだ迷いがあるんだろうな、と思いました。
あなたはどう思われますか?
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