GOLDとEthereumは"同じ理由"で失敗するかもしれない

GOLDとEthereumは"同じ理由"で失敗するかもしれない

ゴールドの失敗とはなんでしょうか?ethreum(PoS)の失敗とはなんでしょうか?それは、この二つが持っているある”共通の性質”に起因するものです。それを説明するために、まずは"希少性"について考えてみましょう。

希少性とはなんですか?ただ数が少ないだけのもの?そうではありません。数が少なく、なおかつ”誰もが欲しがる”ものでなくてはなりません。

「数が限られている」×「誰もが欲しがる」

このAND条件を満たさなければ希少性があるとは呼べないのです。

さて、ゴールドはどうでしょう?一般的に、ゴールドは希少性あるものとして認められています。しかし、あまりにも安定しすぎているその性質は、富を得たものが永遠に富を持ち続けることをあまりに容易にします。

ではイーサリアムなら?これも同じ事でしょう。(仮にそれに価値があるとして)持った者から奪うことは不可能ですし、保有するのにコストもかかりません。

最近では、「デジタルゴールドであるかどうか」という論点で皆が躍起になって争っています。BTCこそデジタルゴールドだ!ETHこそ良いお金だ!

いやいや、その話は少し待ってください。皆さん大切なことを忘れてはいませんか?

「人間社会において、ゴールドは成功したんでしたっけ????」

ゴールドがうまく機能しなかったからこそ、法定通貨が生まれたのではなかったですか?

それが「携帯性」や「強奪不可能性」を持ったらうまくいく!

・・・本当にそうですか???

希少性の話に論点をもどしましょう。希少性とは、何か?

「数が限られている」「誰もがほしがる」この二つの重ね合わせの状態を、別の言葉で表現してみます。

「誰もが欲しがるから、自分の持ち分を守らなければならない。」

「数が限られているから、手に入りにくい」

「入手が困難、確保が困難」

「持っている事が困難」

「持っているという状態になり、それを維持するのが困難」

あなたは昼下がりの陽気の下散歩していて、「ふと肩に蝶がとまった」ことはあるでしょうか?警戒心の強い猫をなでようとして、「すなおに撫でさせてくれた」ことは?雨上がり空で「二重の虹にでくわした」ことは?・・・・「ビットコインを持っていた」ことは?

そして、その状態が「ずっと続いた」ことはありますか?

このどれもが、希少であるということの説明になっています。稀であるということは、「誰にとっても手に入れにくく、誰にとってもその状態を維持するのが困難である」ということなのではないでしょうか?

捕まえようとすると逃げていく、思い通りにはならない、だからこそみんなが欲しがる。本来、「富」というものはそういうものなのです。

ゴールドはそのあまりに固定された性質のせいで、力ある者に保有が偏りうまく機能しませんでした。これは決してその携帯性のなさに起因しているだけではなく、そもそも存在が安定しすぎているのです。すなわち、これは金本位制の限界を示しています。

-「ならば、供給を増やせば?」

これもまた間違いです。そんなことをすれば希少性は失われ、下手をすれば信用さえもなくしてしまいます。

-「暗号通貨は奪えないから、ゴールドよりも優れているのでは?」

結局、力あるもののところに偏っていくのなら、同じことではないですか?それが暴力だろうが、悪知恵だろうが本質は同じです。

Ethereumも同様です。もしそれに価値があるとしても、それが固着して保有されるならゴールドと同じ失敗をするでしょう。PoSは本質的に、保有するのにリスクを負わなくてすむため、保有率が偏ります。

-「格差が広がるのは資本主義の前提では?」

本当にそうでしょうか?仮にそうだとしても、今のバランスが最適だという証拠は?

もし、「大量に価値を保有するのにもある程度の支出が必要」だったり、その価値の保全のために「なんらかの戦略が常に必要」である資産があったら?

ただ何も考えず持っているだけでは、「そのうち価値が毀損してしまうかもしれない」資産があったら?

その上、供給量が固定されていて、力づくでは奪えず、ルール変更もできないフェアな仕組みがあったら・・・・?

ビットコインの供給量は4年に一回半分になり、十年ちょっと後には1BTC以下になることが決定しています。これは間違いなく希少性を生み出すでしょう。

しかし、同時にマイナーへのインセンティブが減り、セキュリティが下がるかもしれないというリスクも同時に発生します。このリスクを最も厳しい形で負うのは誰でしょうか?

間違いなく、大量にBTCを保有している資産家なのです。

「そんなリスクは負いたくないから、さっさと天井で売り抜けてしまうだろう」

そう思っている人も多いことは知っています。報酬が1BTC以下になった頃に売り抜けてやろうと目論んでいるひとの多いこと、多いこと。

しかし、時代は変わります。

例えば性的マイノリティがこんなにも取り立たされ、社会運動になり価値観を変えるということを20年前に予測できた人が何人いたでしょうか?

だれもが価値を保有し続けることが難しい」という性質を持った資産こそが「本当に優れた資産」だという新しい価値観が、一般的な考えになることがあっても何ら不思議ではありません。それどころか、多くの人がその価値観を「自ら選択する」ことで社会を大きく変えられる可能性を秘めているのです。

現在の資本主義は明らかに失敗しています。

そして、その失敗は「固着化した序列を修正できない」というすべての資産の性質に起因しています。その結果起こるのが紙幣増刷、新興国のインフレ、社会分断..etc

すべては富を独占しようとする人間の性、そしてそれを可能にしているゴールド(固着性)や法定通貨(恣意的発行)に起因しているのではないでしょうか。

ビットコインはethereum(PoS)と違います。

マイナーにも当然コストがある。そしてホルダーにも保有するリスクがあるのです。報酬が少なくなるにつれ、手数料が払われなければマイニングする人がいなくなります。ホルダーがある程度戦略的に保有したBTCを放出しなければセキュリティが下がり、持っている分の価値が下がってしまうのです。

BTCを、その価値の保全も含めて「多く持つ」ためにはホルダーにもマイナーにも非常に巧みな戦略が必要でしょう。その戦いに勝てる者だけが富を保つことができます。大多数がそのような世界観を持つことで、世界の富の秩序を変化させることができるかもしれません。

もちろんユーザーが払う手数料も大事です。しかし、ブロックサイズを大きくしてすべてのユーザーから大量に手数料をあつめてマイナーに報酬を与えますか?そんなことをすれば、巨大ホルダーはなんの心配もなく悠々と富を独占しつづけるでしょう。何が民衆のための革命でしょうか。むしろこれは独占者の考え方です。

-ある条件で減価する貨幣が良いというのなら、そのような仕組みの貨幣を作れば良いのでは?

これも間違いです。貨幣量そのものが減ってしまったり、増えてしまうことで価値をコントロールしようとする試みはもれなく失敗してきました。また、同じようなものがコピーされてしまうことも防げなくては、貨幣量そのものに意味がありません。つまり、(少なくとも無国籍条件において)貨幣量のコントロールをすることは本質的にナンセンスなのです。大事なのは、絶対に量が変わらず、価値だけが変わる仕組みです。それも、自由市場の効果によって。

栄枯盛衰という言葉があります。富とは本来このようなものなのではないでしょうか。全てにはトレードオフがあります。富を表す数字にも、トレードオフがあるはずなのです。ビットコインはゴールドでは表現しきれなかった富の本質を具現化することができていると、筆者は考えています。

ビットコインを使いましょう。ビットコインを選びましょう。それが民衆の手に力を取り戻す、最良にして最後の手段なのです。

 

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