ワクチンでできる抗体によるウイルス認識の分子機構について

ワクチンでできる抗体によるウイルス認識の分子機構について

はじめに

 はやり病のワクチンや変異株ウイルスについてさまざま報告されている。ウイルスの変異に対してワクチンの接種にともなう体内でつくられる抗体の活躍に期待したいところ。

ここで気になることがある。わたしたちのからだに備わる抗体とはどういったしくみで抗原となるウイルスを認識するのか。そして変わり身の早い変異株ウイルスに対抗できるのか。

ここではこのはやり病のウイルスを中心に、抗原抗体反応の分子機構についてなるべくわかりやすく紹介したい。

(注意喚起)本文はあくまでも科学的に記述する。したがってご疑問の点などは原典などにあたっていただき、本文に記載する内容に基づいたご自身の判断や行動などはあくまでも自己責任にてお願いしたい。

ウイルスの宿主への依存

 抗原と抗体の作用の理解の前提として、まずはわたしたちが直面しているはやり病と宿主のとらえ方について触れる。

この疾病の原因となる新型コロナウイルスはわたしたちを宿主としている。ウイルスがみずからの遺伝子を受け継げるかは宿主に依存している。宿主とはそういった存在。つまり通常は宿主から宿主へ渡り歩いていけないとその時点で途絶する。

 宿主(ヒトもしくは動物)➡宿主(ヒト)

宿主から宿主への直接の伝播とはべつに、いったん一定の場所(飛沫など)に付着したウイルスがすみやかにべつの宿主が触れたために間接的に伝わることも考えられる。つまり

 宿主(ヒト)➡物体や場所(生体由来の飛沫など)➡宿主(ヒト)

あるグループのウイルスは、あらたな宿主へたどりつけないとほんの短い期間しか正常な状態を保てないとされる。付着する場所によって数時間から数日とばらつきがある。

基本的に屋外のすべての物や場所が「ペンキ塗りたて」の状態にあり、そこに触れればペンキがついてしまうとイメージするとわかりやすい。これは行動する際の指標となるだろう。あくまでもたとえであり、実際の外界がつねにこうした状態にあるというわけではない。

宿主に侵入したウイルスのたどり着く場所は

 抗原抗体の話にすすむ前にもうひとつ。

ヒトのさまざまなウイルス排除の機構をかいくぐったウイルスは、侵入するとまずどこにたどり着くか。それは標的となる細胞。

模式図に示すように、ウイルスはその表面にあるたくさんの突起のスパイク、さらにそれをかたちづくるスパイクタンパク質*を活用する。 

スパイクタンパク質とはなにかという点については欄外に脚注を加えた。さらにくわしく知りたい方は以前の記事に詳細を紹介しているのでそちらをお読みいただきたい。

このスパイクタンパク質には糖鎖分子が多数結合しており、ヒトの糖鎖を模倣してカムフラージュ、免疫による生体防御機構をかいくぐり侵入するとされている(1)。

さらにウイルスと宿主の標的細胞の結合の細かな点、分子機構に目を向けよう。

ウイルスは模式図に示すように、宿主の標的細胞の結合部位であるアンジオテンシン変換酵素Ⅱ(ACE2, Angiotensin-Converting Enzyme 2)受容体*を認識できるウイルス表面の スパイクタンパク質の受容体結合ドメイン*(RBD, receptor binding domain)を介して結合することが知られている。

ACE受容体に結合できるとウイルスは標的細胞内に侵入できてしまう。

免疫機構を活用するワクチンの手法

 上述のウイルスと細胞間の認識する部位をうまく使うのが今回のワクチン。ワクチンの原理そのものは抗原抗体反応を利用した従来の方法のひとつ。2021年現在、接種がおこなわれている新型コロナウイルス向けワクチンには、mRNAを含む新規のタイプのものがいくつか使われている。

スパイクタンパク質の構造の一部の情報をもとにデザインされたmRNAワクチンという新たな手法。宿主に取り込まれるとただちにスパイクタンパク質のごく一部が作られる。なお、mRNAワクチンについてはアメリカのCDC()や山中伸弥氏の案内()が詳しい。

こうしてスパイクタンパク質に対する抗体が作られたり、T細胞(リンパ球の一種)を介して免疫の誘導がおこったりしてウイルスに対する免疫を獲得できる。くわしくは忽那賢志氏の記事を()。

つまり、宿主のタンパク質である抗体とウイルスの表面のスパイクタンパク質という構図がある。抗体がスパイクタンパク質に結合した状態では、もはや細胞のACE受容体には結合できなくなる。

さらなる抗原抗体反応の分子機構と変異株

 いくつかの新型コロナウイルスの変異株が猛威をふるっている。これらの変異とはスパイクタンパク質のアミノ酸配列中のごく一部の変化に由来している。たとえばN501YやE484Kなどの変異株。

これらの変異株については何が危惧されるか。それはウイルスを認識できたはずの抗体では変異株ウイルスに対しては認識能力が低下あるいは期待できなくなることを意味している。

もともとからだにはさまざまな病原体などの侵入に対応可能な抗体が本来準備されている。そのためおおかたの疾病には対応できる。しかし新たな病原体にはそれまで感染した経験を持たないことから、それまでに獲得できた抗体ではあまり防御時に期待できないことがある。

抗体について

 ごく少数の異物ならば手持ちの多種類ある抗体(ただし量は多くない)やべつの防御機構が働きうるのかもしれない。しかし免疫力が何らかの理由で低下しているときや、大量のウイルスの侵入、あるいは増殖時には体内に手持ちの抗体量や種類では太刀打ちできるほどではない。

したがって前もって準備しておいてぞくぞくと増産して備えておく必要がある。ワクチンとはまさにその新たな病原体への適切な抗体を種類も量も前もってからだに備えておこうという手法といえる。ふつうはその病原体に感染する前に抗体の産生のためのワクチンを接種し、体内での新たな抗体産生の期間を設ける必要がある。

あくまでも接種するワクチンは従来の変異する前のウイルスの情報にもとづいている。ところが感染者数があまりに多いために、ウイルスの変異がすすみ新たな変異株がさかんにできてしまう結果となっている。

一方で抗体の抗原の認識とは、エピトープと呼ばれるごく狭小な分子の立体構造のごく一部を認識しているにすぎない。

したがって変異株による変異にともなってスパイクタンパク質の立体構造がごく一部でも変化すると、せっかく形成した手持ちの抗体の多くが変異したウイルスを認識できなくなることも予想される。このことは分析でもすでに明らかになっている例がある(5)。

上の(5)を含んでいる感染症学会によるSignificant Scientific Evidences about COVID-19(6)は新型コロナウイルス関連の科学論文(2021.4時点)の骨子をしっかり収集している。

おわりに

 当面のあいだこの流行り病とはつきあうことになりそう。したがって敵を知ることは戦う上で重要と考える。

同時にこれまでの私自身の生活をふりかえり、あらためるべきはあらためるという姿勢を加味するとよりよい生き方にできるのではないかとも思う。

それにしても世の中にこれだけさまざまなかたちで影響を与えるウイルスの存在とは想像できなかった。少しひいて世の中を見てみると、いままさにその歴史の刻まれつつあるなかに生きていると感じる。

脚注

*スパイクタンパク質:球状のウイルスの表面にスパイクと呼ばれる突起がある。この突起は宿主の細胞に付着する役割をもつ。同時に宿主側の抗体が異物のウイルスを認識する部分といえる。この突起、つまりスパイクをかたちづくるのがスパイクタンパク質。

*受容体 レセプターともいい、細胞の外からくる分子を選択的に受け入れるタンパク質で、細胞の内外に存在する。

*受容体結合ドメイン(RBD:さまざまな分子のなかから特定の分子とだけ相互作用する(あるいは結合する)タンパク質分子内の特定部分(ドメイン)を示す。この記事ではスパイクタンパク質の突端に位置して、アンジオテンシン変換酵素Ⅱ(ACE2)レセプターと直接結合する部分を称する。

引用文献

(1)Site-specific glycan analysis of the SARS-CoV-2 spike. Y.Watanabe et al.,Science 17 Jul 2020: Vol. 369, Issue 6501, pp. 330-333.

(2)CDC Real-World Study Confirms Protective Benefits of mRNA COVID-19 Vaccines. Centers for Disease Control and Prevention https://www.cdc.gov/media/releases/2021/p0329-COVID-19-Vaccines.html

(3)山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信

https://www.covid19-yamanaka.com/cont5/39.html

(4)高齢者への接種開始 新型コロナワクチンについて分かってきたこと 忽那賢志 2021.4.11

https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20210411-00231933/

(5)Z. Wang, et. al. mRNA vaccine-elicited antibodies to SARS-CoV-2 and circulatingvariants. Nature, February 10 (online), 2021.

(6)日本感染症学会 Significant Scientific Evidences about COVID-19

https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/topics/2019ncov/covid19_sse_210409.pdf

関連する記事

Remaining : 0 characters / 0 images
100

Sign up / Continue after login

Related stories

Writer

桃の実につく害虫

Share

Popular stories

だれもいない山は腐葉土にあふれている

83

NFT上のアートなるものの価値についての深夜のつぶやき

68

数学を「わかる」にするには:てがかりとなる4つの手順

60